昨日(1月12日)のブログでは鉄血宰相・ビスマルクの「鉄は産業の米」を引用しましたが、現在における最先端な産業の米といえば、やはり半導体です。
半導体は産業の中枢を担いつつ、軍事面においても極めて重要な戦略物資です。
ロシア・ウクライナ戦争では今やドローン戦が主体となっていますが、このドローンも半導体がなければ動かない。
むろん、ドローンだけでなく、半導体がなければF35やイージス艦やICBM等々、電気制御のすべての兵器をつくることができません。
また、私たちの暮らしの場においても、テレビ、スマホ、パソコン、プリンター、時計、電子レンジ、冷蔵庫、ガスコンロ、掃除機、洗濯機、自動車、信号機、飛行機、新幹線、船舶等々、電気を使う製品や乗り物には100%近く半導体が使われており、もはや、半導体を使っていない電気製品を見つけ出すことの方が困難です。
とりわけ軍事面では、現代的な兵器を製造するためには多種多様な半導体が必要となります。
といっても、高度化した半導体は、例えアメリカであっても一国で「自国の需要を満たす生産」を行うことは不可能です。
そこが、同じ「産業の米」でも鉄と半導体の大きな違いです。
半導体の製造過程は、設計(ファブレス)、前工程(ファンドリー)、後工程(OSAT)に分けられますが、前工程だけで700を超える複雑な工程数があります。
この3つをすべて自国で完結できる国は存在しません。
アメリカでさえ強いのは設計だけで、例えば半導体の製造に欠かせない露光装置の生産シェアはほぼ100%がオランダ(ASML)であり、仮にオランダが露光装置を出荷しなければアメリカのみならず世界中で半導体が不足します。
わが国の強みは、シリコンウェハーなどの素材です。
ゆえにアメリカは、半導体の世界的な生産サプライチェーンを構築し、そのイニシアティブを握る戦略を採っています。
例えば前工程の大部分を担っているのは、ご存知のとおり台湾のTSMCで、F35やiPhoneに使われる半導体も前工程はTSMCらしい。
台湾有事の可能性が高くなっていることもあり、わが国の熊本にTSMCを誘致させ、あるいは北海道の千歳にもラピダスの工場をつくらせるわけです。
さて、わが国がかつては「半導体王国」だったのをご存知でしょうか。
例えば、私が中学校3年生だった昭和60(1985)年には、DRAM(ディーラム)と呼ばれるパソコンのメモリー(一時記憶)などに使われる装置の製造についてわが国は、なんと世界シェアの8割を占めていました。
ただ、わが国が米国の経済的仮想敵国となっていったのはこの頃からです。
1970年代後半から日本の半導体の対米輸出が増加しはじめ、アメリカ国内では「日本脅威論」が徐々に強まっていました。
1980年に入ると日本製半導体のシェアが一気に拡大。
そして日本製DRAMの世界シェアが8割を占めた1985年には、多くのアメリカ半導体企業の業績が悪化して事業撤退していきました。
因みに、このようにアメリカ国内で日本脅威論が強まっていたなか、石原慎太郎(当時は国会議員)さんとソニーの盛田昭夫さんが『NOと言える日本』を出版されています。
特に石原さんは「日本は半導体の強みを活かして、アメリカから真の独立だぁ」と息を巻きました。
むろん、そのとおりだと思うのですが、その後どうなったか?
1986年9月2日、『日米半導体協定』が締結され、この協定にはわが国が大いに不利となる「秘密条項」までもが盛り込まれ、日本の半導体産業に手かせ足かせが嵌められることになりました。
結果、一時は世界全体の半導体の売上トップ10社のうち6社が日本でしたが、ついに2019年には10%を切り、上のグラフのとおりの凋落ぶりとなったのです。
アメリカが日本に『日米半導体協定』を押し付けた理由の一つは、もしも日本に半導体を抑えられたら自前で兵器を製造できなくなってしまうからだと思います。
政治家が本音を語るのも良し悪しです。
わが国は、政府として「したたかな戦略」を持つべきだったと思います。