「どんなに悪い事例とされていることでも、それがはじめられたそもそもの動機は、善意に拠るものであった」
これは、古代帝政ローマの礎を築いた英雄、ユリウス・カエサル(英語読みだとジュリアス・シーザー)の言葉です。
私はこの言葉を、塩野七生さんの大作『ローマ人の物語』で知りました。
たしか、“カティリーナの陰謀事件”の際、次期法務官に当選していたカエサルが元老院で発した言葉だったと記憶します。
カエサルは、現代においても通ずる実に示唆に満ちた言葉を多く遺していますが、そのなかでも特にこの言葉は政治行政の世界に身を置く私にとって、より説得力を持つ言葉となっています。
本当に、その通りなんです。
消費税も、緊縮財政も、ふるさと納税も、それがはじめられたそもそもの動機は善意に拠るものでした。
・将来の福祉財源を確保するためには、消費税が必要だぁ〜
・日本政府が財政破綻しないためには、緊縮財政が必要だぁ〜
・地域間格差を是正するためには、ふるさと納税が必要だぁ〜
しかしながら、これらの政策はどれも、後世まったく評価されることなく、悪政として語られていくことになるでしょう。
このことは外交政策でも同じです。
例えば2000年ごろの米国は、中国を米国の主導する国際経済システムに組み込み、彼の国に経済的恩恵をもたらせば米中関係は良好となり、中国が国際秩序に挑戦するようなことはなくなるであろうと考え、その善意から2001年に中国をWTOに加盟させました。
その結果、どうなったでしょうか。
2000年代の中国は、年率10%以上の成長率でGDPを拡大させ、同時にそのGDP成長率を上回る比率で軍事費を拡大させました。
今や中国は、約350隻の戦艦と潜水艦を有し、その数は米国を上回っています。
米国は中東やヨーロッパなどにグローバルに戦力を展開しなければなりませんが、一方の中国はアジアにだけ集中させればいい。
結果、東アジア、南アジアにおける米中の戦力差は「中国3:米国1」となってしまい、地政学的なパワー・バランスが大いに崩れたのです。
おかげで我が国はその煽りを受け、尖閣諸島が危うくなり、台湾有事にも備えねばならない状況になっています。
パワーの不均衡が秩序の不安定化をもたらすのは歴史の理(ことわり)です。
人間は偉大な政策を行うこともあります。
しかしながら、基本的に人間の理性など所詮は浅はかなものであることを、カエサルは実によく理解していたのだと思います。
政治行政の分野において「抜本的改革」など軽々に行ってはならないのはそのためです。
よって、改革のスピードは必ず漸進的でなければなりません。
今、東京都知事選挙が行われていますが、あいかわらず「抜本的改革」を訴える候補者が後を絶たないのは誠に残念です。