きのう、ロシアはクリミア橋爆発の報復措置としてウクライナ全土の16都市にミサイル83発を打ち込み、うち何発かはウクライナ側が迎撃したものの民間人への被害が出ています。
2月24日にはじまった「戦争」ですが、ロシア、ウクライナはもちろん、米国やNATOにとってもそれぞれ出口のみえない深刻な状況に直面しているのではないでしょうか。
なによりも戦況が日に日にエスカレートしている印象です。
例えば、当初(2月24日の侵攻前)に比べ、ロシアの領土目標は明らかに拡大しています。
もともとプーチン大統領は侵攻前まで、ドンバスをウクライナの一部として残すという『ミンスク2合意』の履行を確約していましたが、戦争が進むにつれて、ウクライナ東部と南部の広大な領土を獲得してその全部をロシアに併合しました。
なおもプーチン大統領は、ウクライナの残りの地域を機能不全の残置国家にするつもりでいるかのようです。
欧米諸国もまた、より多くの、そしてより強力な武器をウクライナに供給するようになっています。
米国はジャベリン対戦車砲のような防衛的兵器に加え、高機動ロケット砲システムHIMARS(ハイマース)のような動的兵器をも提供しており、ウクライナの攻撃能力の強化を図るようになっています。
時が進むにつれて供給する兵器の破壊力や致死性の規模も増しているようです。
戦争初期の段階において、ポーランドがミグ29戦闘機をウクライナに提供する計画があったのですが、「戦闘状態を激化させる恐れがある…」として、米国はその計画を拒否していました。
しかしながら、7月にスロバキアが同機種の供給を検討することを発表した際、米国はそれに異議を唱えることはしていませんし、それどころか今や米国は自国のF15戦闘機とF16戦闘機をウクライナに供与することを検討しているようです。
それに報道でも明らかになっているように、米国とその同盟国はウクライナ軍の兵士を訓練したり、ウクライナ国内に特殊部隊とスパイのステルス・ネットワークを構築し重要な情報を提供したりしています。
要するに米国は当該戦争に直接的には関わっていないものの、日に日に深い関わりをもつようになっています。
私の個人的意見ですが、この戦争の最悪なシナリオは、①戦術核とはいえロシアが核を使用すること、②米国が武力参戦して大国間戦争に発展することの二つです。
ご承知のとおり、第二次世界大戦以降、幸いにして国家間決戦は過去のものとなり、「戦争」と名がつくものはすべて、局地戦、制限線、代理戦に限定されるようになり、戦争による犠牲者は国家間決戦に比べて格段に減少しました。
それでも死者がゼロになったわけではないのですが、福沢諭吉が「政治は悪さ加減の選択だ」と言ったように、現実世界においては一切の戦争を無くすことが困難である以上、より良い道を探っていくことこそ政治におけるリアリズムではないでしょうか。
核保有国同士の国家間決戦は、皮肉にも「核の存在」がストッパーとなって発動不可となり、非核国同士の国家間決戦もまた軍事大国が制御することとなり不可能になりました。
このことが、第3次世界大戦という最悪の惨事を回避してきた最大の理由です。
であるからこそ、ロシアが核を使用すること、あるいは米国が武力参戦して大国間戦争に発展することは、現世界の安全保障上の最大の脅威なのだと私は考えています。
核が使用されることによる直接的な爆撃被害もさることながら、戦術核とはいえ核が使用されることによって「核によるストッパー機能」が機能不全に陥ってしまう影響のほうがことさらに大きい。
因みに、CIA(米国中央情報局)の現役長官が4月の段階で「戦術核や小型核が使用される脅威を軽くみてはならない」と発言しています。
一方、プーチン大統領は、2月24日の侵攻を説明する演説で「米国と同盟国が参戦してくれば核を使用するかもしれない…」と強く示唆しています。
ただ、米国が武力介入してこなくとも、ウクライナが独力で戦局を好転させ、ロシアが併合したとする領土を取り戻す態勢になれば、プーチン大統領はこれを核による対応を必要とする存立の危機とみなす可能性は低くないでしょう。
また、当該戦争が長期的な膠着状態となり(そうなりつつある)、外交的な解決策もなく、ロシアにとって戦争コストが耐えきれなくなった場合にも、プーチン大統領は核使用を決断するのではないでしょうか。
少しでも有利な条件で紛争を終結させたいプーチン大統領としては、勝利のために核のエスカレーション策に訴えるのもごく自然なことかもしれません。
いつの時代でも、いったん戦端が開かれれば、圧倒的な軍事力差でも無い限り、その戦局を思い通りにコントロールできる人などおらず、戦況の成り行きを的確に予測できる人もおりません。
当事国双方が、勝つためには意図的に戦闘をエスカレートさせることもあれば、あるいは負けないために意図的にエスカレートさせることもあります。
むろん、意図的な選択にかかわらず、偶発的に戦闘がエスカレートすることだってよくある話です。
そしてまた、これらのエスカレーション・リスクをコントロールできる人など絶対にいないのです。
クラウゼビッツだって、孫氏や呉氏だって不可能でしょう。
プーチン大統領にしても、バイデン大統領にしても、大国の指導者双方が、破壊的なエスカレーションを回避するよう努力してほしいと願うばかりですが、残念ながら双方が戦争目的を堅持しているために政治的妥協の見込みも余地もなさそうです。
そう考えると、ウクライナを強引にNATOに引き入れようとして不必要にロシア(プーチン大統領)を刺激した米国の外交戦略が益々以って腹立たしい。
バチカンのフランシスコ法王がことし6月に「(ウクライナ戦争は)おそらく何らかの挑発によって引き起こされた」と発言されていることが実に印象的です。