北海道の知床半島沖で26人を乗せた観光船が遭難しました。
今回遭難した観光船『KAZU 1』は、去る4月23日の午前10時ごろに斜里町ウトロ漁港を出港していますが、他の運行会社に先駆けて今シーズンの運行をはじめたばかりでした。
観光船はウトロ港から知床岬まで3時間かけて往復する予定だったようで、異変があったのは午後1時過ぎとのこと。
船から海上保安庁に電話で「船首が浸水して沈みかかっておりエンジンが使えない」という救助要請があり、さらに午後2時ごろに「船首が30度ほど傾いている」と運行会社に伝えたのを最後に連絡がとれなくなったという。
いったい観光船に何が起きたのでしょうか。
推定される現場付近は潮流が強く暗礁も多い難所として知られ、当時は風速が15メートル、波の高さは3メートルとあれた状態だったようです。
因みにちょうど一週間前、川崎市の消防艇に乗船したとき船員(消防員)に質問したところですが、波の高さが2~3メートルというのは尋常じゃない荒れ模様だそうです。
今回の事故について海上保安庁や専門家らは、観光船が、①エンジントラブルでコントロールが効かなくなって横波を受けて転覆した可能性、②高波を正面から受けてガラス窓が破れるなどして浸水した可能性、③暗礁に乗り上げて船体に亀裂が入って浸水して沈没した可能性があるとみているようです。
なによりも、天候の判断など運行する会社の安全管理に不備があった可能性が指摘されています。
なぜなら出港のとき既に強風注意報と波浪注意報が出され「天候が荒れる!」と予報されていたことから、別の運行会社の人や漁業関係者の人が船長に対して「出港しないほうがいい」と忠告していたにもかかわらず、聞く耳をもたなかったという。
因みにこの会社は去年、二度にわたって座礁事故等を起こして船長らが書類送検されています。
国土交通省は運行会社に対する特別監査を行い、法律の基準に基づいて運行していたかなどを詳しく調べるとのことです。
つまり「遭難の直接の原因は会社の運行体制にある」とみられているようですが、事故が発生したときに乗客の命を守るための装備は充分だったのでしょうか。
この船は遭難する三日前に国による船舶検査を受けており、法令上の問題は指摘されていません。
にもかかわらず、取り返しのつかない事故は起きてしまい、その被害を最小化できなかったわけです。
例えば、緊急の通信手段と救命装備に問題はなかったのでしょうか。
今回、捜索にあたって問題になっているのが、遭難の発生場所がよくわからないという点です。
捜索は当初、通報のあったカシュニの滝周辺で重点的に行われたようですが、その後、多くの人が発見されたのは14キロも離れた知床半島の先端でした。
遭難した船は19トンの小型船にあたり、船舶安全法の小型船の規則が適用されます。
このうち、岸に近い限定した海域だけを運行する船なので、比較的緩やかな規則になっているようで、通信手段は無線や衛星電話、場合によっては携帯電話などのうちどれか一つあればいいことになっています。
一方、岸からもっと離れた海域までいく船の場合は、転覆や沈没したときに自動的に正確な位置を海上保安庁に発信する装置の設置が義務付けられています。
最近では、より安価かつ小型で同様の機能を持つ装置も開発されており、一部の小型漁船にも普及しています。
さらには船の位置や速度などを自動的に発信するAIS(船舶自動識別装置)というものがあれば遭難位置を特定できるのですが、搭載義務があるのは大きな船だけで遭難した『KAZU 1』には搭載されていませんでした。
因みに、川崎市の消防艇(かわさき)にはAISが装備されています。
こうした装備があれば現場をよりはやく特定することが可能で、より効率的な救助救援及び捜索ができたと考えられます。
もう一つ、乗客の救命装備はどうだったのでしょうか。
小型の旅客船は転覆や沈没した場合の装備として、自動的に膨らんで海面に浮いてテントのようになる「救命いかだ」と、浮力のある四角いマットのような「救命浮器」のどちらかを選べることになっています。
実際にはほとんどの船が価格の安い「救命浮器」を選択しているようで、『KAZU 1』もこれを装備していました。
事故後、これが海岸に漂着しているのが上空から確認されています。
しかしながら「救命浮器」は、床や屋根のある「救命いかだ」と異なり、浮いているマットにしがみつくだけなので体は海に浸かっている状態です。
ご承知のとおり、知床の海は冷たい。
海上保安庁の調査により、今回の現場の海水温は最も低いところで1℃だったことが確認されています。
仮に「救命浮器」につかまっていたとしても、ごく短い時間で低体温症になったと考えられます。
ゆえに、もしも「救命いかだ」であったなら、海に放り出された人たちを救助できた可能性が高まったはずです。
海水温は全国一律でないのだから、水温の低い海域を航行する船についてはたとえ小型船であっても「救命いかだ」を装備させるべきだと考えます。
さて、労働災害の分野でよく知られている「ハインリッヒの法則(事故の発生についての経験則)」によれば、1件の重大事故の背後には重大事故に至らなかった29件の軽微な事故が隠れているという。
今回の遭難は、これが当てはまるものと考えます。
不幸なことに、観光船の小中規模の事故は繰り返されてきました。
2005年6月、知床沖で観光船が挫傷して乗客20人以上が負傷。
2008年5月、宮城県東松島市で観光船が岩場に衝突して乗客など10人以上が負傷。
2011年6月、島根県隠岐の島町で観光船が座礁。
2014年5月、北海道小樽市で観光船が座礁して10人以上が負傷。
2015年8月、徳島市で遊覧船が他船に衝突して7人が負傷。
死者こそ出ていないものの、これ以外にも各地で負傷者や救助者を出す事故が多発していました。
そうしたなか大惨事と紙一重だったのが、2020年11月に香川県坂出市沖で起きた事故です。
修学旅行の小学校6年の児童や教員など62人が乗ってクルージングをしていた旅客船が、暗礁に衝突して沈没してしまいました。
日没が迫るなか全員が海に残されましたが、たまたま近くにいた漁業者がかけつけて救助にあたりました。
当時、波はまったくなく穏やかで、水温も20℃近くもあり、低体温症で手当を受けた児童はいたものの奇跡的に一人の犠牲者もでませんでした。
この事故は「安全だと思いこんでいる旅客船も一つ間違えば大きな事故を起こすリスクがある…」ということを強く訴えかけたものでした。
実はこの事故のときも「救命浮器」が海に投げ込まれたわけですが、同様の事故が水温の低い海域で発生したらどうなのか、という検証がなされた形跡はみられません。
各地で事故が続いても、小型の旅客船の安全対策が大きく変わることはなく、教訓や経験が充分に活かされていないのが実状です。
今回の遭難は船舶にかぎらず、小さな事故やトラブルを軽視せずに、大事故の芽を摘む努力を重ねることの大切さを改めて示したものと考えます。
まだ多くの人の行方がわかっていませんので、とにもかくにも捜索に全力をあげてもらいたい。
その上で今後、事故の原因究明と痛ましい事故を繰り返さないための安全対策の検証を徹底しなければならないと思います。
安全対策を確保するための装備に経費が嵩み漁業や観光業の採算が合わないと言うのであれば、通貨発行権を有する政府が海上保安庁に予算をつけるなどして事業者への補助制度を設けるべきです。