世界の小麦輸出の30%がロシアとウクライナによって占められていることは、当該ブロクにおいて再三述べてまいりました。
小麦の輸出だけではありません。
トウモロコシも両国合わせておよそ20%、食用のひまわり油に至ってはウクライナだけで50%以上を占めています。
この両国からの食料輸出が戦争の影響で激減しているために供給量が不足し、戦争前から既に高い水準にあった世界の食料価格が一層高騰しています。
なにせウクライナは国土の7割が農地ですが、ロシア軍の侵攻で畑が荒らされ、農家の人々も戦闘に駆り出されているために農作業ができなくなっています。
また、収穫済の作物も、道路や港湾などの物流インフラが破壊または封鎖されているために輸出できないでいます。
加えてロシアからの供給に頼っていた燃料や化学肥料などの生産資材も調達できなくなり、生産や輸送のコストが大幅に増え農業全体が壊滅的な打撃を受けています。
国内消費用の小麦も大幅に不足していることから、ウクライナ政府は輸出規制を実施しています。
ロシアもまたウクライナを上回る食料の輸出国ですが、欧米諸国が貿易や金融の制裁を実施していることに加え、ロシア政府が欧米など敵対する国々に対して食料や肥料の輸出を制限する方針を示していることから、今後の食料輸出量は大幅に減る見通しです。
上のグラフのとおり、FAO(国連食糧農業機関)は、主な食料品の国際取引価格を基にした『食料価格指数』がウクライナ情勢などの影響により過去で最も高い値を記録した、と発表しました。
なかでも小麦などの穀物は一ヶ月で17%も上昇したほか、植物油、乳製品、食肉なども軒並み高騰しています。
FAOによると、世界の食料価格が今後さらに最大で20%上昇し、必要な食料を調達することができなくなる国が増えた場合、4年後の2026年にかけて最大で1300万人が栄養失調に陥る恐れがあると警告しています。
食料危機、あるいは食料価格の高騰は世界的な政情不安をもたらします。
当然のことながら、食料を自給できず、経済的にも貧しく、紛争が起きている国ほど最も深刻な状況に陥るわけですが、既にもう、ロシアやウクライナからの輸入に依存している国は危機に直面しています。
小麦の30%以上をロシアやウクライナから輸入している国は世界で約50ヶ国あり、その多くは中東やアフリカの国々です。
例えば、7年にわたって内戦がつづくイエメンでは小麦の40%をウクライナとロシアから調達しているのですが、戦争とロシア制裁の影響により食料の搬入が凍結されてしまいました。
WFP(国連世界食糧計画)によると、充分な食料が得られず、支援を必要とする人々が今年の後半にはイエメンの人口のおよそ3分の2にあたる1900万人に達する見通しです。
このうち「飢饉」と呼ばれる、即ち命を失う恐れのある最も深刻な状況におかれた人々が、現在の5倍の約16万人にまで増えると予測されており、その多くは5歳未満の乳幼児です。
現地で支援にあたるWFPでは、小麦の新たな調達先を探す一方で、一人あたりの食料配給量を減らすなどの方法で急場を凌いでいるようです。
また、11年前にアラブの春で政情不安に陥り政権が崩壊したエジプトですが、あのときも食料価格の高騰が背景にありました。
そのエジプトは、世界最大の小麦の輸入国です。
なんと、その80%がロシアとウクライナからの輸入です。
この国では小麦粉を原料にした平たいパンが主食らしいのですが、これまで政府は人口の3分の1を占める所得の低い人たちを対象に多額の補助金を出してパンを低価格に抑制してきました。
ところが今回のウクライナ危機によって小麦の価格が高騰し、輸入が困難になってしまいました。
今はなんとか備蓄の小麦で賄っているものの、このまま価格の高騰が続けば再び政情不安に陥る可能性があります。
それを恐れるエジプト政府は補助金の対象外となっているパンについても価格の上限を抑え込もうとしているようです。
一方、南米のブラジルやペルーでもウクライナ情勢の影響が出はじめています。
食料や燃料の価格が急激に上がり、低所得の人たちの暮らしを圧迫しているとのこと。
このうちペルーでは、既に民衆の抗議デモが広がり、警官隊との衝突で死傷者もでており、政府が非常事態宣言を発出しています。
インド洋の島国であるスリランカでも、物価高騰に抗議する民衆が大統領の辞任を求める激しいデモを行っています。
新型コロナウイルスの感染拡大に加えて、ウクライナ情勢が招いた経済の悪化が背景にあるものと思われます。
このように食料や燃料の不足や急激な値上がりは、世界各地で政情不安を引き起こします。
益々もって不確実性は高まるばかりです。
食糧危機が刻々と迫りつつあるなか、今国会の冒頭に行われた岸田総理の所信表明演説には「食料安全保障」という言葉も、「食料自給率」という言葉も見当たりませんでした。
これが我が国の現実です。