昨今、輸入物価の上昇から食料価格が高騰し、かつ日本の「買い負け」懸念が高まりをみせていましたが、その矢先にウクライナ危機が勃発したことによって、小麦をはじめとする穀物価格、原油価格、化学肥料の原料価格などの高騰が増幅され、食料やその生産資材の調達への不安が一層高まっています。
シカゴの小麦先物相場はついに2008年の「世界食料危機」時の最高値を超えています。(3月8日時点)
我が日本国が小麦の90%以上を輸入に依存しているのは周知のとおりです。
そこで世界の小麦輸出量をみますと、ロシアとウクライナで3割を占めます。
日本は主として米国から、次いでカナダ、オーストラリアの順に輸入していますが、ロシアとウクライナはまさに戦争当事国であることから代替国に需要が集中しますので食料争奪戦は当然のことながら激化します。
それから、もう一つの懸念は化学肥料です。
我が国は化学肥料原料のリン、カリウムについて100%輸入に依存しています。
その調達も中国の輸出抑制で困難になりつつあった矢先に、中国と並んで大生産国のロシアが戦争状態に突入したことから、今後の調達の見通しは益々もって暗くなっています。
なにせ、リン鉱石の生産は1位が中国、4位がロシアであり、カリウムは2位がベラルーシ、3位がロシア、4位が中国です。
いずれの国もロシアによるウクライナ侵攻に何らかのかたちでコミットメントしています。
化学肥料の業界関係者によれば、今年(2022年)の化学肥料はなんとか確保できるらしいのですが、来年に至っては日本の農家に化学肥料を供給できるかどうかわからないとのです。
国内農家に化学肥料が供給されなければ、国内の食料自給力が低下することは言うまでもありません。
これがまた値上がり要因になり、家計を直撃します。
それにつけても最近顕著になってきたことの一つは、中国などの新興国の食料需要の想定以上の伸びです。
コロナ禍からの中国経済回復による需要増だけではとても説明がつきません。
例えば、中国はすでに大豆を1億300万トンも輸入していますが、日本が大豆消費量の94%を輸入しているとはいえ、その量は中国の端数の300万トンに過ぎない。
もしも中国が「もっと大豆を輸入したい」と言えば、輸出国は日本の大豆を売ってくれない可能性が高まります。
今や中国のほうが高い価格で大量に買う力がありますので、デフレ日本の「買い負け」が現実になりつつあるわけです。
コンテナ船も相対的に取扱量(輸入量)の少ない日本経由が敬遠されているらしく、日本に運んでもらうための海上運賃が高騰しています。
一方、今や異常気象が通常気象となり、あるいは不確実性がニューノーマルな時代となった今、世界的な食料供給が不安定さを増し、ただでさえ食料価格が上がりやすくなっています。
そこへもってきて原油高ですので、その代替品となる穀物のバイオ燃料需要等(トウモロコシはエタノール、大豆はディーゼル)も押し上げ、食料価格の暴騰をさらに増幅させます。
加えて、今回のウクライナ危機などの地政学リスクは、これらの事態を一気に悪化させています。
以上のように、我が国の食料安全保障はすでに危機に直面しています。
しかしながら、過日の岸田総理の施政方針演説では「経済安全保障」は語られていたものの、「食料安全保障」や「食料自給率」についての言及は全くありませんでした。
岸田内閣は「農業政策の目玉は輸出振興とデジタル化だ」と言っていますが、これだけで食料や生産資材の高騰、あるいは顕著となっている中国などに対する「買い負け」に対応できるわけがない。
国民の食料確保や国内農業生産の継続に不安が高まっている今このとき、全面にでてくる政策がいかにも呑気な「輸出振興」「デジタル化」では岸田総理の危機認識力を疑わざるを得ない。
むろん輸出振興を否定するわけでありませんが、食料自給率が世界的にも極めて低い37%という日本にとって、食糧危機が迫る今にやるべきことは輸出振興ではなく、食料の国内生産力の確保に全力を挙げること以外にないはずです。
政府に期待できない今、私たち国民は例えば冷蔵庫の中のリダンダンシー(冗長性)を重視しなければならないのかもしれません。
食品ロスを恐れて効率性ばかりを重視していると、いざというときに後悔することになりかねない。