ハイブリッド戦の攻防

ハイブリッド戦の攻防

ロシアによるウクライナ侵攻はいつ起きてもおかしくない…

ということから、米国とその同盟国は一段と警戒を強め、大使館の移転や国外退去を呼びかけているなか、ここにきてロシアがウクライナ国境付近からの部隊撤退を表明し、戦車を列車に載せ撤収する映像を公開しています。

撤退の映像を公開したロシアは「ウクライナ国境付近に展開していた一部の部隊が軍事演習を終え撤収をはじめた」と言っています。

去年の秋からロシアが現地で増強してきた部隊の規模は尋常ではありません。

米国側の推定によれば、その規模は15万人とされています。

北隣のベラルーシでも今月20日までの日程で合同軍事演習を行っています。

バイデン米大統領は「ロシアの部隊撤収が事実なら良いことだ…」としながらも、実際にロシアが部隊を引き上げるかどうかは検証が必要だとしています。

一方、プーチン露大統領は「そもそもロシアがウクライナに軍事侵攻する計画など存在しない…」としています。

部隊のさらなる撤収は現地の状況次第としながらも「米国とは交渉継続の用意がある」と主張しています。

ウクライナに軍事的圧力をかけながら、戦端をひらくかと思わせるギリギリのところで対話に舵をきって交渉の主導権をにぎるというプーチン流の瀬戸際戦術を米国に印象づけた格好です。

ロシア軍の撤収について米国のブリンケン国務長官は懐疑的な見方を隠していません。

一昨日の米国ABCのインタビューでもブリンケン国務長官は「残念ながらロシアの発言と行動は食い違っている。撤収などしていない。むしろウクライナ侵攻にむけて部隊が国境に集結している…」と述べています。

まさに情報戦ですね。

これまでの米露交渉でロシア側は主として次の3つを要求しています。

1.NATOをこれ以上、東方に拡大しないこと
2.相手国を攻撃可能な中短距離ミサイルを互いに配備しないこと
3.NATOの軍備を1997年の水準に制限すること

プーチン露大統領は「冷戦終結時の口約束は米国に反故にされた」として、これらの3つを法的文書で保証せよ、と言っています。

これに対しバイデン米政権は、1と3については完全に拒否し、2の「ヨーロッパへのミサイル配備」については議論が可能だとしています。

米露両外相は協議のスケジュールを調整しているらしい。

いずれにしても米国側は「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻はプーチン露大統領の決断次第でいつ起きてもおかしくない」として警戒を強めています。

バイデン米大統領は「ウクライナの主権と領土の一体性に米国は責任を果たす」と明言し、ロシアが侵攻するなら同盟国や友好国とともに強力な経済制裁を課すと警告しています。

制裁措置の規模や範囲については議会上院で法案審議がすすめられ、英、独、伊などヨーロッパの主要な同盟国とも調整しているようです。

おそらくは、国際金融のドル決済の仕組みからロシアを排除することや、ロシアからドイツに天然ガスを送るパイプライン(ノルドストリーム2)の稼働停止などが検討されているのでしょう。

さらにはウクライナに最大で10億ドルの債務保証を新たに供与するなど経済面からも手厚く支援するとしています。

とはいえ、バイデン米政権がウクライナに米軍を派遣する本格的な軍事介入を早々と選択肢から外していることから、プーチン露大統領は米国の足元を見透かしているようにも感じます。

いつも言うように、今や米国は世界の安全保障に軍事的にも経済的にも責任をもつ覇権国ではないのございます。

そして時代は既に「ハイブリッド戦」に突入しています。

ハイブリッド戦とは、軍事と非軍事の境界線を意図的に曖昧にした現状変更の手法です。

むろん非軍事には、情報戦、金融戦、資源戦、貿易戦、法規戦、メディア戦、イデオロギー戦、心理戦、外交戦、サイバー戦が含まれます。

2014年にロシアがクリミアを強奪したやり方もまさにハイブリッド戦でした。

その点、当時のオバマ政権で副大統領だったバイデン氏には苦い経験があります。

当時、米国の情報機関はロシア軍とみられる武装集団による秘密工作を事前に察知できず「米国は情報戦で敗北した」と批判されました。

またクリミア危機は、バイデン氏の次男のハンター・バイデン氏がウクライナのガス会社役員に就任して多額の報酬を受け、後にトランプ前大統領が職権を行使(乱用?)してウクライナのゼレンスキー大統領にバイデン氏親子の捜査を求めたという、いわゆる「ウクライナ疑惑」の発端にもなりました。

トランプ前大統領にそのネタを売ったのはロシアだったかもしれない。

まさにロシアが仕掛けたハイブリッド戦は、第二次世界大戦後に米国の主導のもとで構築されてきた国際的な安全保障の法的な枠組みの盲点を突くものでした。

だからこそバイデン米大統領は「今度こそこのハイブリッド戦に勝利しなければならない…」と考えているはずです。

そして、このハイブリッド戦の行方に最も注目しているのは、それを大いに参考とし虎視眈々と台湾侵攻を目論む北京政府(習近平)でしょう。