政府の備蓄米について農水省は、「コメの流通が滞っていると判断した場合には、一時的に市場に放出できるよう運用を見直す」と言っていますが、とっくに滞っているではないか。
ご承知のとおり、コメ不足の理由は様々です。
能登半島地震以降、全国的に家庭備蓄が増えていること。
加えて、昨年の天候不順やインバウンド需要の増大(!?)があり、何よりコメ不足を見越した卸売業者たちが買い占めに走っているため21万トンのコメが行方不明状態にあるらしい。
日本最大の卸売商社である全農がコメ農家に直接買い取りに行ってもコメはなく、むろん流通過程のどこかで合計21万トンのコメがさらなる値上がりを見越して在庫されているのでしょう。
とはいえ、たしかに流通過程に問題があるのも事実でしょうが、やはり何と言っても最大の問題は、長年にわたりわが国のコメの生産力を人為的(政策的)に縮小してきたことです。
上のグラフ、わが国の水稲(水田稲作)の作付け収穫量の累年統計をご覧いただきたい。
青い折線グラフ、すなわち収穫量は、1967年の1,425万トンをピークにしてその後落ち込んでいます。
もう一つ、オレンジ色の折線グラフ(10a当たりの収量)は落ち込むこと無く伸び続けています。
これは、様々な技術革新によって特定の土地面積当たりの収量が激増したことを意味しています。
農業の難しいところは、むろん不作では困るのですが、豊作(余剰生産)もまた値崩れにより農家経営を圧迫するため困るという点です。
戦後復興のなか、とりわけ特定の土地面積当たりの収量が増え、需要に対し過剰生産となったところで、日本政府は何をやったか?
そうです。
減反政策です。
この半世紀にわたり、人為的にコメの生産力を減退させてきたのです。
そこに、コロナ以降の資材価格の高騰、とりわけウクライナ戦争以降は燃料の高騰に加え、リンやカリなどの肥料の材料が輸入できないために配合肥料も高騰し、コメ農家の経営は瀕死の状態です。
これでは、コメ農家を継ごうとしてくれる若者が現れるはずもなく、既にコメ農家の平均年齢は70歳を越えています。
これほどの愚策があろうか。
一方、第二次世界大戦で焼け野原になった欧州では、さすがに主食たる小麦を栽培できなかったため、当初は大量の小麦をアメリカからの輸入に依存していました。
大戦中、小麦の生産力を最大限に向上させていたアメリカもまた、戦争終結により余剰生産の問題に直面していたため、欧州への小麦輸出は渡りに船でした。
むろん欧州だけではなく、日本などにも安価で輸出されました。
しかしその後、欧州でも日本でも戦後復興にともなって国内の穀物生産量が拡大していったため、米国の小麦農家は再び余剰生産に陥ります。
といっても、米国政府は小麦農家に対して価格補償を行っているため、たとえ余剰生産が出ているからといって生産力を縮小させるようなことはしませんでした。
ここが日本と違うところです。
要するに、小麦生産が過剰となり市場価格が下落しても、アメリカ政府が決まった値段(小麦農家が生産力を維持可能な価格帯)で国費を投入して買い取るのです。
政府から生産者保護を受けた穀物が外国に輸出されているわけですから、本来であれば自由貿易協定が禁止している「輸出補助金」に該当するはずなのですが、そこはさすが国際ルールは自分が決める「ジャイアン国家」です。
アメリカ政府は「国内生産の農家に対しても同じことをやっているから、これは輸出補助金なんかじゃない…」と言い張って悪びれもしない。
国内生産力を回復した欧州もまた、農家に対して「所得補償」をしています。
アメリカは価格補償であるのに対して、欧州の場合は「価格」ではなく農家の「所得」そのものを直接補償することで穀物の国内生産力を維持しているわけです。
イギリス、ドイツ、フランスなどでは、農家の所得に占める公費の割合は9割を超え、ほぼ公務員です。
要するに農家は、価格の暴落とか値崩れとかに怯えることなく、いくらでも生産できるのです。
ふつうの主権国家は、戦略物資である穀物の生産力を「余剰だから…」という理由で減退させることなどしないのでございます。
このように言うと日本では「政府が補助すると国際競争力が失われてしまう」という批判が必ずでるのですが、まともな政府保護を受けていない日本の農家は欧米の農家に負けているのが現実です。
日本だけがなぜ、減反政策を行ったのか?
病的なほどの緊縮財政思想から、食糧安全保障とはいえ、できるだけおカネをかけたくなかったのでしょう。