覇権国の興亡

覇権国の興亡

ことし2025(令和7)年は、昭和100年にあたります。

100年の節目と聞くと、昭和生まれの者としては実に感慨深い。

明治の開国以来、我が国は急速に近代化政策を推し進めたことで、社会に様々な矛盾と格差を抱えつつも、日清、日露の戦役を勝ち抜き、第一次世界大戦では戦勝国として名を連ね国際連盟の常任理事国にまで上り詰めました。

しかしながら、日本が良かったのはここまで。

雲行きが怪しくなった転機は、1921(大正10)年11月からはじまったワシントン軍縮国際会議だったと言っていい。

奇しくも同月の25日、昭和天皇(当時は皇太子殿下)が摂政に就任されています。

ゆえに、1921(大正10)年から既に「昭和」がはじまった、と言えなくもない。

このころ、国際政治における覇権的地位を確立しはじめていたのは米国であり、それまでの覇権国であった大英帝国の国力は既に衰えていました。

因みに、ここで言う「覇権国」とは、軍事、政治、経済面において国際政治を主導する国のことを指します。

イギリスが覇権国となったのは1820年ごろですから、約100年間を経て選手交代となったわけです。

国際政治学の世界では「覇権国100年説」というのがあります。

なるほど、大航海時代以来、スペイン、ポルトガル、オランダ、イギリスによる覇権の期間は、それぞれちょうど100年ずつくらいです。

米国による覇権の時代的起点をどこに置くかは別として、2003年のイラク戦争、2008年のリーマンショック以来、米国の国力退潮が指摘されて久しい。

1987年に『大国の興亡』を著したポール・ケネディ(歴史学者、軍事史の専門家)は、ヨーロッパの500年間の歴史を振り返り、大国(覇権国)の興亡史を分析しました。

ポール・ケネディは、大国が衰退する理由を「オーバー・ストレッチ」(過剰な拡張)にあると結論付けました。

彼の言葉では「インペリアル・オーバー・ストレッチ」です。

どんな国も、最初は大きな国に対抗しようという挑戦者からはじまり、やがて経済力と軍事力を充実させ、ついに大国となり世界の覇権を取って代わる。

新たな大国もまた自分たちの領土を守り、あるいは緩衝地帯を構築するための領土拡張などもあって、外へ外へ軍隊を派遣していくことになります。

自然、広大な版図、及び同盟国や属州の安全保障を維持するための軍事費は膨らんでいきます。

そしてやがては、新たな挑戦者に挑戦される立場になります。

企業経営における成長と衰退もそうですが、最初は成長率が高い一方、収益率は低いものです。

次いで成長率も収益率も高くなってピークを迎え、だんだん成長率のほうから落ち込み、やがて収益率も下がる。

成長率も収益率も落ちて実入りが少ないのに、世界中に展開(拡張)した軍事力を維持するための経費は嵩み続けます。

結局、経済力に対し軍事費過多(オーバー・ストレッチ)となり、やがて財政危機に陥ってインフレに苦しみ、最終的には滅ぼされる。

歴史はこのパターンを繰り返しており、1980年代の米国もまた同じパターンに嵌まっていませんか、とポール・ケネディは警鐘を鳴らしたわけです。

ポール・ケネディは当時の新たな挑戦国を「日本」としていましたが、それは氏の杞憂でした。

ご承知のとおり、わが国は1990年代から急速に経済力を失っていきました。

その理由は、当該ブログで散々に述べてきたとおりです。

ゆえにポール・ケネディは、日本ではなく中国を新たな挑戦国とし、米国の覇権国としての退潮に警鐘を鳴らしています。

一方、その反論もあります。

例えば、米国の有名な国際政治学者であるジョセフ・ナイは、『不滅の大国アメリカ』という著書のなかで「ポール・ケネディの悲観論は全く現実に合っていない」と主張しています。

理由の第一は、まず現在の米国が持つ国力は桁違いであるということ。

例えば、上のグラフのとおり、世界のGDPに占める米国の割合は、1990年に比べても今なお変わりません。

2023年のそれは26%であり、今なお世界経済の4分の1以上を米国一国で占めているというのは、たしかにものすごいパワーです。

例えば 19世紀の覇権国であるイギリスのそれは、たったの9%でした。

イギリスは、たった9%で大英帝国による覇権を実現したわけですが、近代史以降のヨーロッパの歴史の中で、GDP26%ものシェアを持つ超大国は前例がないとのことです。

さらにジョセフ・ナイは、「米国は移民国家として、また最強の覇権国家として、世界中から技術者や知識人を集めることが可能であり、結局は次の産業のイノベーションは米国でしか生まれない」としています。

ゆえに、かつてのスペイン、オランダ、イギリスのような小国が衰退したパターンを米国にあてはめることなどできない、とジョセフ・ナイは言っています。

ポール・ケネディとジョセフ・ナイ、果たしてどちらの分析が正しいか…

覇権国の退潮は、わが国の政治・経済・安全保障に大きく影響します。

まずは、今月20日に予定されている、トランプ氏の大統領就任演説に注目したい。