新年、明けましておめでとうございます。
本年も懲りず、当該ブログにお付き合い頂けましたら幸甚に存じます。
年のはじめの第一日を「元日」と言いますが、もともと和暦(太陰太陽暦)の元日は「春立つ日」でした。
しかしご承知のとおり、現在の「元日」は太陽暦に基づくもので明治6年の正月から採用されています。
ちょうど寒に入る五日ほど前にあたり、これから本格的な厳寒の候に突入しますので、どうかくれぐれもお身体にはご留意を頂きたいと存じます。
さて、ことしは乙巳(きのと み)です。
歴史上、蛇にまつわる話といえば、私がすぐに思い出すのは織田信長の大蛇退治の話です。
信長が「稲尾の戦い」(信長 vs 弟の信勝を擁立する柴田勝家と林秀貞)に勝利した後あたりのころだったと記憶していますが、尾張国の比良に「あまが池」という池があり、そこに「大きな蛇の化け物が出る」という噂が立ちました。
領民たちは大いに恐れ、あまが池界隈に近寄ることができないほどでした。
その噂の発信源を調べたところ、安食村の又左衛門という領民だったので、信長は又左衛門を呼び出して直接確認します。
すると又左衛門は、「確かに黒くて大きい蛇の化け物を見たんです…」と言う。
信長のことですからきっと「そんな大蛇などおるわけがなかろう。そのほう、予を愚弄する気か!」とでも言ったことでしょう。
又左衛門を威圧しつつも、そこは信長です。
「では、わしがその大蛇とやらを退治してくれよう」と言い出します。
「ええっ、織田の殿様ご本人がですか?」と、又左衛門もぶったまげたことでしょう。
さっそく信長は家臣と領民をあまが池に集めました。
信長は当初、池の水をすべて抜き取って大蛇がいないことを証明しようとしたのですが、あまが池には地下から水が流れ込んでいるようでなかなか水が抜けない。
すると信長は「よし、わしが池の中に入り、水中に潜って大蛇がいるかどうかを直接確認しよう」と言い出します。
泳ぎが得意な信長とはいえ、さすがに家臣たちが止めに入ります。
戰場でも家臣の制止を振り切って平然と前線にでていく信長です。
そんな箴言を聞き入れるはずもない。
迷うことなく、池に飛び込みました。
泳ぎの得意な家臣たちも後に続きます。
すると数分後、池から上がってきた信長は「深く潜ってみたが、大蛇など一匹もおらんぞ」と言いました。
それでいて、又左衛門に何の処分もしませんでした。
人は恐怖に囚われると、存在しない想像上の化け物を現実と思い込んでしまうことを信長は理解してあげたのでしょう。
領民たちは、大蛇よりも、身の危険を顧みず事実確認を行った信長に恐れ入ったに違いない。
以後、比良の領民たちは大蛇の恐怖から開放されることになりました。
政治には、「現実は、こうだろ!」というリアリズムが求められます。
現代においても、根拠のないことをあたかも事実であるがごとく喧伝して金銭的政治的利益を得ようとする市民や議員たちがいます。
在りもしない「財政破綻論」を騒ぎ立てて財政収支の均衡を主張する財務省や政治家もその類です。
織田信長のように、私もまた身の危険を顧みず、リアリズムに基づき真理を追求していくことのできる議員であり続けたいと思います。
どうぞ本年も宜しくお願い申し上げます。