『基礎控除額の引き上げを求める意見書案』の意義

『基礎控除額の引き上げを求める意見書案』の意義

きのう私は、川崎市議会において会派みらい(立憲民主+国民民主)、共産党川崎市議団、ほか無所属議員の皆様のご協力を得て、自治法99条に基づく意見書案『基礎控除額の引上げを求める意見書(案)』を提案させて頂きました。

いわゆる「年収の壁」問題は、国民民主党が主張しているとおり様々な問題を抱えています。

例えば、配偶者の年収が103万円など一定の金額を超えてしまうと、世帯主の扶養から外れ、税金や社会保険料の支払が必要となり、結果としてパートタイムなど短時間で働く労働者が労働時間の調整に迫られてしまうなどがその一つです。

就任当初、石破総理は「全国加重平均の最低賃金を2020年代中に1,500円にまで引き上げる」と豪語していましたが、そのためには最低賃金を毎年7%以上増額することが必要となり、現在のデフレ状況を放置したまま、この目標を達成しようとすれば、不況に苦しむ中小零細企業の多くが倒産、廃業していくこととなり、その社会的影響ははかりしれない。

要するに、「年収の壁」問題を放置したまま名目賃金を引き上げてしまえば、年収の壁に到達するまでに必要となる労働時間はその分短くなり、労働者の労働時間の調整が深刻化することになります。

すなわち、年収の壁を引き上げることなく最低賃金を引き上げることは政策論として愚策なのでございます。

そもそも、所得税の課税対象基準である103万円という基礎控除額と給与所得控除額の合計金額が設定されたのは約30年前の1995年のことです。

103万円という金額の根拠は、こうです。

1995年の最低賃金は611円であり、この賃金で月20日間働くと年収が103万円になったことから、103万円が憲法25条が保証する「健康で文化的な最低限度の生活を営む」に必要最小限な所得であると考えられ、そこに税を課してはならないということでした。

なるほど筋が通っています。

となると、以来、我が国では所得税の課税対象基準額が変わっていないという誠に異様な状況にあることがわかります。

少なくとも1995年以降、最低賃金は引き上がっておりますので、それに合わせて基礎控除額も引き上げねばならないはずです。

現在の最低賃金は1995年に比べ1.73倍に上昇していることから、今日における「健康で文化的な最低限度の生活を営む」のに必要最小限な所得は178万円ということになります。

つまり現状は、ここに税を課しているわけですから、まさに憲法25条により保証されている生存権が侵害されていると言っていい。

このように、基礎控除の引き上げ問題は憲法上の生存権そのものに関わる問題なのでございます。

それを理解していない財務省をはじめ自民党の緊縮派たちは「2割程度」という僅かな引き上げで誤魔化そうと必死ですが、それでは生存権の侵害問題は解決されません。

案の定、きのう開かれた自民、公明、国民民主の税調会長による協議の場で、なんと自公は「基礎控除額を123万円(引き上げ額20万円)にする」という案を提示しています。

財務省の目論見だった「2割」にも満たしていません。

この、ふざけたお茶濁しの提案に対し、さすがに国民民主党は「話にならない」と拒否しています。

これが現実の政治というものです。

であるからこそ、今回、私たちが川崎市議会に提案した国への意見書案には大きな意義があるのです。

ところが、当該意見書案に反対した自民党川崎市議団のある議員は、「既に(3党合意がなされ)話が進んでいるから反対した…」などと言い訳をしていますが、3党合意がなされる以前から「反対」を表明していたではないか。

それに、これまでにも自民党川崎市議団は、国において「既に話が進んでいる事案」について意見書案を提案してきただろうに。

なぜ、今回だけはダメなのかの説明がほしい。

それとも自民党川崎市議団としては、今後一切、国において「既に話が進んでいる事案」については意見書案を提案しないという表明なのか。