上のグラフは、世界の実質GDPに占める日本、米国、中国の割合を時系列で示したものですが、これを見ますと、改めて日本経済の凋落ぶりを実感いたします。
翻って、2000年代に入ってからの中国の成長は著しい。
当然のことながら、経済格差は防衛費格差を生みますので、軍事部門においても、いまや我が国は中国に大きく水をあけられている有り様です。
たまりかねた米国が、日本に対し「防衛費をGDP比2%まで引き上げろ」と注文してきたのも宜なるかな。
ちなみに、グラフで示したGDPは実質値(実質GDP)ですので、1997年以降からデフレ経済に突入している日本においては統計手法の理由から実質値は高めにでてしまいます。
実質GDPは名目GDPを物価(デフレーター)で除すことによって算出されますので、デフレにより物価が上昇しない日本の場合、どうしても実質値が高く計算されてしまうのでございます。
そこは統計手法の欠陥部分です。
ゆえに、上のグラフよりも実際にはもっと落ち込んでいるものと考えていい。
このように言うと、「日本は人口が減少しているのだから、経済が縮小して当然なんだ」と必死で反駁する人たちがいます。
しかしながら、日本の人口が減り始めたのは2006年以降のことです。
にもかかわらず日本経済は1997年以降から既に低迷しています。
それに、世界には人口が減少しながらも経済を成長させている国がいくつもあります。
というか、人口減少はむしろ経済成長の好機です。
イギリスの産業革命だって、実は人口減少からはじまりました。
産業革命は、蒸気機関を利用した技術革新によって綿製品の生産性を革新的に向上させたことで成立したわけですが、その過程は以下のとおりです。
まず、イギリスにインド産キャラコ(綿製品)が入ってきました。
持ってきたのはむろん、東インド会社です。
当時のイギリス人たちにとって、キャラコは余程に着心地がよかったらしい。
キャラコは何より丈夫であり、洗っても縮まず、生産過程でも染めやすく、色落ちもしづらかったことから、イギリスではキャラコ人気が一気に爆発したわけです。
キャラコという安価で良質な綿製品の普及で、最もしわ寄せを喰ったのがイギリスの毛織物産業でした。
そこで毛織物産業の事業家たちは「綿製品づくり」をも手掛けることになったのですが、どうしても価格が見合わずインド産キャラコには勝てない。
勝てない最大の理由は、当時のイギリスの人件費がインドの6倍も高かったからです。
なぜイギリスの人件費はインドの6倍も高かったのでしょうか。
それは14世紀に流行したペストによって人口が減ってしまったからです。
なんとイングランドでは人口の4割が失われたようです。
皮肉なことですが、働き手の数が少なくなればなるほど、雇い主よりも働き手の立場のほうが強くなり労働条件が良くなります。
その意味では、労働者が余っている世界ほど残酷なものはありません。
お解りでしょうか。
ペストにより人口が大幅に減ってしまったイギリスでは、人手不足であるがゆえに、なんとしても綿製品の生産性向上を果たさねばならなかったのです。
生産性を向上させることで、イギリス人の給料を下げることなく安価な綿製品を大量に生産しなければならない。
すなわち、インドとの人件費の差を解消するために、イギリスでは様々な発明がなされて技術開発投資が拡大していったわけです。
この一連の技術革新による生産性向上のことを「産業革命」と呼びます。
もしもペストでイギリスの人口が減っていなかったとしたら、産業革命は起きていなかったでしょう。
このように、人手不足は技術革新と経済成長の好機であると認識すべきです。