経済成長の創案者としても評価されるチェコ生まれの経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターは次のように言っています。
「資本主義とは、その本質からして過程である」と。
なるほど、洋の東西、時の古今を問わず、完全なる資本主義国も完全なる社会主義国も存在しない。
現実の経済システムは、純粋な資本主義と純粋な社会主義の間のいずれかの状態にあり、その状態もまた一定ではなく常に変異しているという。
そうした現実にあっても、いわゆる新自由主義(主流派経済学)は常に純粋な資本主義を追求すべきであるとします。
新自由主義(ネオリベラリズム)とは、自由な競争市場こそが経済厚生を最大化させるための最適な手段であるという妄想に基づき、政府の経済介入を極力小さくすべきであるというイデオロギー(教義)です。
教義だから現実の経済が低成長、格差、貧困をもたらそうが一向にお構いなしで、自由なる競争市場から排除された者は「自己責任」の名のもとに放置されます。
このような残酷な教義をゴリ押しするネオリベラリストたちは、低成長、格差、貧困の要因が新自由主義にあるにもかかわらず、「それらの要因は新自由主義に基づく改革が足らないからだ…」と主張します。
現に岸田内閣のもと政府の各種諮問会議では、今なお「規制緩和」「自由化」「財政収支の縮小均衡」「自由貿易」の必要性が唱えられています。
一方、米国ではバイデン政権に交代した当時、地政学的環境の変化から新自由主義的政策が見直されたものの、未だ「自由貿易こそが紛争(地政学リスク)を抑止する」という意見が根強く、その成否をめぐっての論争が耐えないようです。
米国ダートマス大学のスティーブン・ブルックス教授が言うように、経済と紛争の関係はあまりにも複雑なために、明快な処方箋的指針を示すことは難しい。
氏は「自由貿易は平和の促進に役立たないし、有害でもない。両方の作用をもつ」と言っていますが、なるほど私もそうだと思います。
例えば、第一次世界大戦も第二次世界大戦も、自由貿易(グローバリズム)を追求したことの帰結でしたし、もしも日本を経済的に封じ込めるABCD包囲網(自由貿易の否定)がなければ、日本が対米戦争に踏み切ることもなかったはずです。
2001年、米国は「中国に貿易による利を得させれば、東アジアの地政学リスクは低下する」として、中国をWTOに引き入れましたが、米国の目論みどおりにはいかず、中国は貿易の利によって軍事力を増強し、通常兵力を強化して東シナ海や南シナ海において海洋紛争を拡大するに至りました。
さて、11月には米国大統領選挙が行われますが、仮にトランプ氏が再び大統領に返り咲いた場合、政治面、経済面において米国の対中圧力(反自由貿易圧力)は更に高まることが予想されます。
その対抗上、中国もまた東アジアの地政学的優位と覇権を確保するために、日本をはじめ周辺国に対する地政学的圧力を高めてくることになるでしょう。
とりわけ日本に対しては、内向きになる米国と防衛力を米国に依存する我が国の間隙を突くようにして今以上に地政学的圧力を強め、情報戦、法律戦、心理戦を仕掛けてくることになります。
とりあえず岸田内閣は米国様に言われて防衛費を増額することになりましたが、その財源を増税に求めるなど、未だ「税は財源」という思想から脱却できていません。
米国も中国も国益の観点から資本主義のかたちを臨機に変異させているのに…