現在、高知県立坂本龍馬記念館では、幕末の英雄!?、と言われている坂本龍馬と長府藩との関わりを紹介する企画展が開催されています。
高知県ともなると、さすがに気軽に行ける距離ではないので、もしも行かれた方はぜひその様子を教えて頂ければありがたい。
それにつけても、坂本龍馬ほど謎の多い歴史的英雄はいない。
今なお一般的に語られている龍馬伝は、作家の司馬遼太郎さんやNHKの大河ドラマが作り出したものであって本当の坂本龍馬の姿ではありません。
一般的に語られている龍馬伝とは、薩長同盟を仕立て上げ、日本初の株式会社である亀山社中ををつくり、海援隊という私設海軍をもち、倒幕後の国家体制の基本ともなる船中八策を起草し、明治維新の原動力を生み出したヒーローということですが、どれも真実とはほど遠いものです。
薩長同盟を実務的に仕立てあげたのは薩摩藩の天才ボーイ・小松帯刀であって、坂本龍馬は小松の使いっ走りにすぎなかった。
それに、薩長同盟の覚書が締結された日、坂本龍馬は現場(京都)にいませんでしたし。
また、日本最初の株式会社は亀山社中ではなく、幕臣・小栗忠順がつくった兵庫商社です。
船中八策に至っては、当時の識者たちが既に語っていたことが羅列されているに過ぎず、そこに坂本龍馬のオリジナル性など微塵もない。
海援隊の設立規約には「金儲けを追求する」と立派に書かれていますので、とうてい海軍などと呼べるものではありませんでした。
というより、紀州藩との「いろは丸事件」をみても明らかなように、もはや「あたり屋」にちかい。
そもそも、海援隊という50〜60人の働かぬ男たちを養うカネ、船や商品を買うカネ、全国各地に出張するためのカネ、それらのカネをいったいどのようにして工面したのか。
薩摩名義で購入した武器を、坂本龍馬が船で長州藩に届けたのは確かなようですが、膨大な量の武器や弾薬、それを積む船、それらを調達するカネはどこから出てきたのでしょうか。
ジャーディン・マセソン商会の長崎支店長たるトーマス・グラバーが、武器・弾薬を調達したことはわかっています。
グラバーが自身の母国であるスコットランドに発注して軍艦をつくってもらい、日本に運んでいます。
とはいえ、グラバーもまた約束手形で購入していますので、それを担保するカネを出した存在がいたはずです。
むろん、グラバー本人の手持ち資金だったかもしれませんが、その後、グラバー商会は破産していますので、それほどの資金があったとは思えません。
すると、彼の背後にいたジャーディン・マセソン商会か、あるいは英国政府か、もしかすると薩摩藩が琉球の砂糖貿易でボロ儲けしたカネか。
少なくとも、坂本龍馬のカネでないことは確かです。
ご承知のとおり、坂本龍馬暗殺事件は未だ迷宮入りです。
とにもかくにも坂本龍馬には謎が多い。