本日7月3日、新しいお札が発行されます。
一万円札には渋沢栄一、五千円札には津田梅子、千円札には北里柴三郎の肖像画が描かれます。
言うまでもなく、それぞれに歴史に名を残した偉人ですが、この3人のなかで一番注目したいのは、やはり政治の世界に生きる私にとっては渋沢栄一です。
渋沢栄一といえば、その生涯になんと500以上もの企業の創立や経営に関わったことから、示唆に富んだ逸話が無数に残っているわけですが、本日は次のエピソードを紹介いたします。
1878(明治11)年ごろの話ですが、「渋沢が株で大損をした…」という記事が新聞に掲載されたことがあります。
しかも、損を取り返そうと無理をして大失敗し、そのショックから渋沢が自殺未遂をしたとも。
実は、その記事の内容はすべてデタラメでした。
むろん、記事を読んだ渋沢は激怒するのですが、この話の発端は、ある日の晩酌からはじまりました。
当時、実業界で力を伸ばしていた渋沢栄一と、三菱の絶頂期にあった岩崎弥太郎が、向島の料亭柏屋で酒を酌み交わしたことがあります。
その酒席では、次のようなやりとりがあったらしい。
岩崎:「渋沢さん、今日は日本のこれからの実業界について遠慮なく話し合いましょう」
渋沢:「あなたとこうして酒を酌み交わすのは初めてですね」
岩崎:「二人で組んで大金持ちになろうじゃありませんか…」
露骨な儲け主義の岩崎に対し渋沢は隙かさず「儲けを独り占めすることには反対です」と応じます。
対して岩崎は「しかし今、実業界を牽引しているのは、このわし、三菱の岩崎弥太郎だ!」と反駁。
因みに、住友財閥が新興勢力の三菱財閥を嫌っていたのは有名な話ですが、おそらくは岩崎のこうした点にあったのだと思います。
そんな岩崎に対し渋沢は「いえ、富を自分だけのものと思うものは大きな間違いです。一人では何事も成し遂げられません」と諭しますが、岩崎は「富を一人が独占できるからこそ企業家はヤル気がでるのであって、皆で分かち合うのなら経営者として頑張る意味がない」と言い張る。
それでも渋沢は「会社は広く社会のものですよ」と諭します。
結局、最後は岩崎がブチ切れて「そんな綺麗事を言うあんたとはいずれ決闘することになるだろう。そのときは徹底的に潰すからな」と言いました。
渋沢は「そのときは喜んでお相手いたします」と冷静に対応したという。
その後、岩崎の予言どおり、明治の産業史に残る海運戦争の火蓋が切られることになりました。
三菱は日本の海運を独占するため、客に対しては保険も倉庫も必ず三菱のものを使わせ、逆らう客には荷を拒んだり、あえて遅延するなどの嫌がらせもしたらしい。
一方、渋沢も公利公益の観点から第二の帆船会社を設立して海運業に参戦します。
ですが、三菱の抵抗は、それはそれは凄まじいものでした。
三菱が新聞社や出版社に出資している… そんな噂が立っていたある日、新聞に掲載されたのが前述の「渋沢栄一が株で大損…」という記事です。
岩崎が仕掛けたであろう風評被害によって、渋沢は次々に協力者を失っていきます。
ついには、渋沢の帆船会社は倒産の危機にさらされることになります。
それでも渋沢は諦めない。
血の滲むような努力で、荷物の運賃を安くして食い下がります。
1884(明治17)年10月21日、この激闘の凄まじさを象徴する出来事が発生します。
三浦半島の観音崎沖合で出くわした両者の船が互いに航路を譲らず、ついには衝突してしまったのです。
この衝突は、利益を皆で分け合う「合本主義」の渋沢か、それとも「独占主義」の岩崎か、の衝突だったとも言えます。
あるいは、日本の資本主義の未来を賭けた理念の闘いでもあったのですが、「公利公益を努むるは王道である」の信念を貫く渋沢のもとには大勢の同士が集まります。
渋沢が帆船会社の赤字が年間百万を超えていることを告白すると、大倉喜八郎(ホテルオークラの創始者)など集まった同志たちが次々に「渋沢に増資しようじゃないか」と言い出します。
ですが渋沢は、「しかし、皆さんにはもうかなり無理を言っています。これ以上のご負担は…」と断ろうとします。
それでも彼らは「苦しいのは三菱だって同じはずです。それに向こうは一人ですが、私たちには大勢の仲間がいます。みんな渋沢さんを信じてここまできたのです。最後まで一緒に戦いましょう。それこそが会社でしょう」と鼓舞します。
結局、その翌年に岩崎弥太郎が死去したことで、この海運戦争は終息することになります。
岩崎の弟が社長に座につくも、独裁者亡き後、三菱に戦いを続ける気力も体力もなかったようです。
最終的に明治政府の仲介を受け入れ、両者は合併することになりました。
それにより誕生したのが、日本郵船です。
渋沢は日本郵船の取締役に就任し、日本の貿易拡大に貢献していくことになります。
その後も、金融、交通、商工業等々、多岐にわたる分野で活躍したことは言うまでも在りません。