国民の胃袋よりも政府の財布を心配する政治

国民の胃袋よりも政府の財布を心配する政治

FAO(国連食糧農業機関)の食料価格指数をみますと、上のグラフのとおり、ロシア・ウクライナ戦争の直後に比べるとだいぶ下がってきてはいるものの、10年前の水準までには至っておらず高止まりしています。

しばらくはこの状態が続くのでしょうか。

きのう(5月31日)、「令和5年度 食料・農業・農村の動向」及び「令和6年度 食料・農業・農村施策」が閣議決定され公表されました。

その二日前の5月29日に参議院で『食料・農業・農村基本法の一部を改正する法律案』が賛成多数で可決し国会で成立したことを受けてのことですが、さっそく中身をみますと、「食料安全保障の確保」については、その定義を「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ国⺠一人一人がこれを入手できる状態」としています。 (第2条第1項)

もちろん、それはそれでいい。

しかしながら、その目的を達成するための手段の一つが「海外への輸出を図ること…」となっているのは気に食わない。

たしかに、食料(穀物)を輸出することで食料安全保障を強化するのは方向性として間違ってはおらず、我が国がコメ一俵を4,000円で出荷すれば、理屈としてはグローバル市場を制覇することができます。

とはいえ、日本のコメ農家は一俵15,000円ぐらいで出荷できなければ、再生産することは不可能なのでございます。

例えば、日本の農家に対する所得を欧州諸国のように補償してコメを生産してもらう(フランスの農家などは所得の93%以上が公金)とか…

あるいは、米国のようにグローバルな価格(一俵4,000円)と再生産可能な価格(15,000円)の価格差を補償するとかしないかぎり、輸出の拡大などできるわけがない。

現在の日本の政治状況においては、おそらくは政権交代が起きてもそこまでの措置はとらないでしょう。

因みに、仮にとったとしても、食料安全保障の観点からいえば、窒素、カリ、リンなど化学肥料の原料、化石燃料、種などの安定輸入が大前提となります。

ゆえに、これらもまた僅かながらでも自給率を引き上げていく努力が必要です。

詰まるところ、いかに我が国の食料安全保障環境が脆弱な状況にあるのかがお解り頂けるものと思います。

一方、1980年代以降、食料供給をめぐる取引がグローバル化されすぎたゆえに、国内で食料を完全自給している国など実は一つもありません。

米国でさえ、ファーストフードチェーンで販売されているハンバーガーは、それを作るために用いられている素材の原産国は54カ国に達しています。

加工食品の場合、概ね10~12カ国で生産された食材が用いられているとみていい。

グローバル化した食料生産システムにおいて、食料安全保障を確保することは極めて困難です。

いまや米国による一極秩序時代が終焉しつつある以上、今後はグローバリズムではなく、インターナショナルな世界における食料安全保障の構築という視点と姿勢が求められます。

我が国の政府は口を開けば、「輸出の拡大」だとか、「大規模化による生産性向上」だとか、「スマート農業化」だとか言っていますが、これらは悉く「できるかぎり政府はカネを出したくない!」という本音の現れです。