子供のころ、はじめてNHK大河ドラマを毎週欠かさず観るようになったのは、1987年に放映された『独眼竜政宗』のときでした。
右目に黒い眼帯をつけた政宗を演じる俳優の渡辺謙さんが実に嵌り役だったことを今でも印象深く覚えています。
因みに、同番組で徳川家康を演じた津川雅彦さんはもっと嵌り役でした。
その後、津川さんは『葵三代』(2000年)においても再び家康を演じられています。
学校で習う活字だらけの歴史はとことん苦手だった私ですが、テレビ好きだったこともあって、解りやすく視覚化された歴史ドラマを興味深く観ることができたようです。
とりわけ、ジェームス三木さんが脚本された大河ドラマが好きでした。
『独眼竜政宗』も『葵三代」も共に脚本はジェームス三木さんでしたし…
しかしながら、歳を重ねるごとに歴史に対する探究心が深まり、それなりに歴史の真実に肉薄できるようになってゆくにつれ、NHK大河ドラマが年々つまらなくなっていきました。
ゆえに、この4〜5年はNHKの大河ドラマをほとんど観ていませんし、まったく関心がありません。
歴史には、歴史の中にしか見い出せない特別な醍醐味というものがあると思うのですが、その醍醐味と史実が無視されて、ただのホームドラマにされてしまっては何の面白みもない。
おそらくは、ホームドラマ化しなければ視聴率を稼ぐことができないのでしょう。
因みに『独眼竜政宗』では、右目につけた黒い眼帯が主人公である政宗のトレードマークだったわけですが、史実の政宗は日頃から眼帯などつけていません。
まぁ、その程度の脚色なら良いほうなのですが…
今朝起きてすぐ、眠気眼でテレビをつけたら、NHK大河ドラマ『光る君へ』の番宣が流れていました。
番宣では、いくつかのシーンが紹介されていました。
その中に、主人公の吉高由里子さんが演じる紫式部が「お隣の唐(China)には身分にとらわれることなく優秀な人材を登用する科挙という制度がある。日本もそれを取り入れるべきだ…」という趣旨のセリフを言うシーンがありました。
実に衝撃的でした。
あの聡明な紫式部が、そんなことを言うなどとは思えない。(むろん、女優の吉高さんには罪はありません)
幕末、トロイの遺跡を発見したことで有名なドイツ人、シュリーマンが上海を経由して日本(横浜)に来たときのことです。
下船して横浜港の税関で荷物チェックを受けたとき、シュリーマンは検閲官におカネ(袖の下)を渡そうとします。
上海ではそれをしなかったために検閲官から相当に酷い仕打ちを受けたらしく、きっと日本も同じにちがいない、と考えたらしい。
ところが日本では違いました。
検閲官から「なんだ、それは…」と叱られ、なんとおカネを突き返されたのです。
シュリーマンは「怒れる検閲官から酷い意地悪をされ、ここを通過するのにだいぶ時間がかかりそうだ」と諦めたのです。
しかし、日本の検閲官は、簡単に荷物を調べただけで速やかにシュリーマンの入国を許可しました。
シュリーマンは驚きました。
Chinaの官僚と日本の官僚ではこんなにも違うのか…と。
当たり前です。
幕末の検閲官は武士です。
因みに、江戸時代の役人の多くが賄賂漬けで腐敗していたと思っている人は時代劇の観すぎです。
史実として、江戸時代の武士ほど汚職の少ない行政官僚は世界に類をみません。
ところが、幕府を倒した明治政府は決定的な過ちを犯します。
明治政府は武士をクビにし、こともあろうにChina(隋)との国交がはじまった飛鳥の時代から封印してきた「科挙の制」(高等文官試験)を導入してしまったのです。
それまでの日本が「科挙の制」を採用しなかったのは、この制度こそが国家を滅ぼす悪疫の源と察知していたからです。
一方、20世紀初頭、China(大清帝国)は日露戦争での日本の勝利を目の当たりにして「科挙の制」を廃します。
それを機に、日本への留学をもって「科挙合格者」と見做したのです。
日露戦争までの日本の指導者たちは軍人あれ、官僚であれ、皆ことごとく武士としての教育を受けた人たちです。
残念ながら日露戦争以降の日本は、科挙合格者たちが政(まつりごと)を動かしていくようになります。
その結果どうなったか。
昭和20年(1945年)の「敗戦」が証明しています。