構造改革は、もう要らない

構造改革は、もう要らない

新浪剛史氏といえば、ローソンをコンビニエンスストア3強の一角にまで成長させ、その後、サントリーホールディングスの社長へと転身したことで有名です。

ことしの4月には、経済同友会の代表幹事にも就任されています。

就任から100日を過ぎた8月29日、記者会見を開いて「やればやるほど難しい」「社会保障関係などで成案を出していきたい」と述べています。

因みに新浪氏は、総理の諮問機関である『経済財政諮問会議』の民間議員をも務めていることは言うまでもありません。

そしてなんと、新浪氏の目指す本丸は「政治改革」なのだとか。

氏が目指す「政治改革」とは、おそらくは「平成の構造改革」の延長路線かと推察します。

だとすれば、この種の御仁の政治的存在こそが、今の日本にとっては弊害でしかない。

現在の我が国の目もあてられぬ有り様は、「平成の構造改革」の矛盾と間違いの賜物なのですから。

彼ら彼女らは、「うまくいっていないのは、まだまだ改革が足りないからだ…」「改革のやり方がいけなかったのだ…」と言う方法論で誤魔化そうとしますが、それ以前に「改革」の本質そのものが間違っていたことを理解すべきです。

むろん、無理なことでしょうけど…

何よりも「平成の構造改革」によって、我が国ではどれだけの自殺者がでていると思っているのか。

もともと我が国は、自殺者の多い国ではありませんでした。

しかしながら、構造改革が加速しはじめた1998年になると、急激に自殺する人が増えてしまったのです。

その後、20年以上も先進国(G7)のなかで自殺率のトップを独走し続けています。

以来、日本は世界屈指の自殺大国となってしまったのでございます。

因みに、上のグラフのとおり、たった1年で8000人以上も増えるという異常さを知るべきです。

例えば、阪神淡路大震災でお亡くなりになられた方々は6432人ですので、これと比較すれば、1年で8000人という数字がどれだけ異常なことであるのかがご理解頂けるはずです。

しかも1998年以降も高止まりしています。

つまり、毎年、大地震が起きているのと同じレベルなのでございます。

このように、構造改革以降に自殺者が増えたのは、消費税増税や緊縮財政によって日本経済がデフレ経済となり、中間所得層が破壊されて格差が拡大したこと、あるいは多くの人たちの実質賃金が低下し貧困化してしまったことだけではありません。

もちろん、そうした経済的な理由もありますが、それだけではないのでございます。

世界を見渡せば、日本よりも経済的に貧しいにもかかわらず、日本よりも自殺率の少ない国はたくさんあります。

ではどうして、日本は自殺大国になってしまったのでしょうか。

その答えは、既に社会学者の祖であるエミール・デュルケムが示してくれているところです。

私たち人間は、さまざまな共同体に守られつつ生きています。

その共同体とは、例えば家族や親族という共同体、あるいは会社や組合という共同体、あるいは町内会や友達仲間という共同体、あるいは教会や趣味の会、そして国家という共同体です。

ところが構造改革は、蚕の繭のように個人を守ってきたこれらの共同体を悉く破壊し、あるいはその役割を小さくし、個人を共同体から引き剥がしていったのです。

例えば、会社という共同体に属している場合、正規社員のほうが派遣社員よりも自殺する人が少ないわけです。

構造改革が雇用規制を緩和し、この世に多くの「非正規社員」をつくりだしたのは周知のとおりです。

デュルケムは言います。

「人間には、共同体との絆が必要」だと。

今の日本、そしてこれからの日本に求められているのは、構造改革ではなく「逆・構造改革」です。