ことし5月下旬、中国人民解放軍の機関紙『解放軍報』に次のような論考が掲載されました。
「陸上と上空の中間にある“低高度空域”をいかに制するかが課題であり、この戦闘領域における重要性が増していることから能力強化が急務だ…」
ここでいう能力の中心とはおそらく、人工知能を搭載したドローン(無人航空機)のことかと思われます。
さて、ご承知のとおり、米中対立が激化するにつれ、各国は米国と中国のどちらにつくのかという選択上のジレンマに直面しています。
むろん、日本のような属米国家はそのようなジレンマとは無関係ですが…
世界を見渡せば、冷戦後の各国は米中との関係から安全保障利益と経済的利益をそれぞれに引き出してきました。
とはいえ、この先ずっと米中対立をめぐって様子見を続けることもまた困難なことでしょう。
外交、防衛、貿易、技術など、多くの政策分野において米中は他の諸国を自国陣営に組み込もうと鎬を削っています。
結果として各国は、こうした大国間のライバル関係に否応なく巻き込まれていき、自国の外交的立場を明確にしなければならない状況に追い込まれていくことになるはずです。
また、今後の世界は米中2大経済圏の切り離し(ディカップリング)が進んでいくことになるのでしょうか。
バイデン政権で国家安全保障問題を担当しているジェイク・サリバン大統領補佐官は、「米国はディカップリングではなく、ディリスキング(リスクの排除)を支持している」と明言していますが果たしてどうか。
一方、識者の中には現今世界を「米中冷戦時代の幕開け…」と表現される人たちもいますが、現在と冷戦時代とでは、次の二つの点で大きな違いがあります。
まず第一に、現在の米中は、第二次世界大戦後の米ソのようなグローバルな覇権を確立していません。
1950年当時、米国を中心にした西側陣営と、ソ連を中心にした東側陣営の経済を合わせると、世界のGDP合計の88%にも達していましたが、いまやこれらの国が世界のGDPに占める割合は60%を割り込んでいます。
なお、1960年代末は世界全体の1%程度という、いわば無視しても問題ないレベルだった「東西どちらにも与しない国々」の防衛予算合計は、いまや15%にまで達し、ますます増えつつあります。
そして第二の相違点は、現代の相互依存レベルは冷戦時代に比べてはるかに高いことです。
冷戦初期、西側陣営と東側陣営(鉄のカーテンの向こう側)との経済交流はほとんどありませんでしたが、現在はまったく異なります。
1970年代から1980年代の米ソ貿易の規模は、双方の貿易総額の1%程度にすぎませんでしたが、現在の米国とEUの対中貿易は、それぞれの貿易総額の16%近くを占めています。
ジェイク・サリバン大統領補佐官が「米国の輸出規制は今後も軍事バランスを変化させるような技術に限定されるので、対中貿易を遮断することはない」と言明しているのはそのためです。
巷には、対米追随に徹した冷戦時代、日本は安全保障面でも経済面でも大きな利益を享受したことから、米中対立時代においてもその利益を享受できるかもしれない、という楽観論がありますが、前述のとおり冷戦期と現在ではその前提条件が全く異なるのでございます。
詰まるところ、どのような国際情勢が形成されようとも、迅速柔軟に対応できる体制を整えておかねばなりません。
そのためには、富国(国内供給能力の強化)と強兵(基盤的防衛力の強化)に基づく国造りを進めなければならない。