エネルギー供給が比較的に潤沢のうえ、多くの人々が「グリーンな未来」というユートピアビジョンを掲げてきたこの20年間、「エネルギー安全保障」という言葉は、いわば時代錯誤とみなされてきました。
しかし今、エネルギー安全保障という概念は再び復活しています。
とりわけ、この1年半の間に世界で起きた出来事は、エネルギー安全保障と地政学が密接に関係していることを改めて裏付けました。
ロシアによるウクライナ侵攻、それに伴うロシアと欧米との対立は、一人の指導者の決断がいかにグローバルなエネルギー供給を不安定化させるかを顕著に示しました。
そうしたなか、世界では各国がクリーンなエネルギーを生産するための努力を重ねています。
脱炭素化を進め、再生可能エネルギーへとシフトしようとしているわけですが、あの米国でさえ、重要鉱物ほか、クリーンエネルギーが必要とする部品や技術を中国に依存しています。
ゆえに米国もまた、輸出制限や禁輸措置などの中国がつくりだす潜在的ショックへの脆弱性を常に抱えることになります。
現に、バイデン米政権が中国への先端半導体や工作機械の輸出を制限したことへの対抗措置として、北京政府もまた「ソーラーエネルギーの技術や材料やノウハウの輸出を制限する」と脅しをかけています。
今後は、互いに相手への依存を低下させようと試みるにちがいありませんが、そのことがまた世界のサプライチェーンの再編を促すのかもしれません。
因みに、まことに皮肉なことではありますが、世界が脱炭素化を進めるほどに電力依存度が高くなります。
例えば、トヨタ潰しのために世界が推し進めている電気自動車のエネルギーシステムは炭化水素資源への依存が低いために、どうしても電力に依存せざるを得ません。
その電力を安定的に供給するためには、現状ではどうしても化石燃料に依存せねばならず、その化石燃料の確保がエネルギー安全保障の最大の課題となるわけですが、その場合どうしても地政学の影響を受けざるを得ません。
なるほど実に厄介な話です。
現状、地政学的環境は一層の厳しさを増しています。
覇権国としての米国の力が、軍事・経済の両面において退潮すればするほどに世界は多極化していき、益々もって大国間競争が激化していくことになるからです。
よりクリーンで、より環境に優しいエネルギーへの移行こそが「地政学的リスク」を低下させる、というのはまさにユートピアニズム(お花畑け思想)に過ぎなかったのです。
むしろクリーンエネルギーへの移行が、新たな紛争やリスクをもたらしているほどです。
今や、世界が直面しているリスクはより大きく複雑になっています。
こうした現実にさらされている以上、わが国もまた新たなエネルギー安全保障確立のための大胆な「産業政策」を積極的に展開していくほかありません。
むろん、大規模かつ長期で計画的な産業政策を具現化するためには、積極財政への転換が必須条件になります。
が、ここでまた立ちはだかるのが、財務省をはじめとした正しい貨幣観を持たぬ「健全財政主義者」たちです。