米国にチャールズ・リンドブロムという政治学者がいました。
リンドブロムは公共政策のエキスパートで、彼が提唱した有名な理論に「インクリメンタリズム(漸変主義)」と呼ばれるアプローチ方法があります。
インクリメンタリズムによるアプローチ手法とは、新しい政策を決定するにあたっては、既存の政策をベースにして改善するという改革手法です。
ただ、インクリメンタリズムと言うと、いかにも消極的な姿勢にみえ、少し悠長なイメージもありますので、「そんなことでは何も解決しない。変化が激しい世の中ではもっとスピード感が必要だ」という批判が聞こえてきそうです。
しかしながら、漸変主義(インクリメンタリズム)こそ、保守主義者がもつべき大切な政策思想です。
リンドブロムは次のように言いました。
「インクリメンタリズムの方が、スピーディーかつ根本的に、問題を解決できる」と。
なるほど、もしも既存の政策をベースにせず、白紙の状態から検討をはじめることになったら、ものすごく時間がかかってしまいます。
現実社会は複雑細微である以上、あらゆる選択肢を考えねばならず、いくら時間があっても足りません。
それに、利害調整にも手間取ること必定です。
インクリメンタリズムであれば、既存の政策を少し変えるだけですので、それによって既得権益を失う一部の関係者との利害調整をするだけで済みます。
もしも白紙の状態から政策を決めるとなれば、社会の構成員全員が利害関係者となり、無数の利害調整を行わなければなりません。
そのような無限の可能性の検討や無数の利害調整をしているよりも、まずは少しずつ動き出して、既存の政策の改善から始めた方が手っ取り早い。
しかも、改善なら手っ取り早いので繰り返し行うことも容易となります。
「既存の政策の改善を何度も繰り返していけば、いずれ現実社会は大きく変わっていくことになる」
このようにリンドブロムは、遅くて変化に乏しいように見えるインクリメンタリズムの方が、実はよりスピーディーでより大きな変化をもたらし得ると主張したわけです。
さて、こうしたインクリメンタリズムと真反対なアプローチ手法が「抜本的改革」です。
例えば、私の住む多摩区では『登戸土地区画整理事業』が行われていますが、当該事業がはじまったのは昭和63年です。
事業施行から既に35年が経過していますが、未だに終わらず、完成は早くとも3年後です。
約37ヘクタールという広大な施工面積に800人近くもの関係地権者がいるところで「区画整理事業」をかけるという手法そのものが、まさに街づくりにおける「抜本的改革」でした。
3年後に完成するとしても、昭和63年の計画が果たして現在の地域実態に即しているのかどうかも怪しい。
もしも「区画整理事業」という手法を採用せず、登戸駅前と向ヶ丘遊園駅前の「再開発事業」というインクリメンタリズムな手法が採用されていたのなら、もっと早く道路網を含めた街全体の整備が進み、多くの住民の生活利便性を高めることができていたことでしょう。
『登戸土地区画整理事業』は、まさに革新市政の産物です。
だからこそ川崎市には、保守の逆襲が必要です。