これも戦後教育の影響というものでしょうか、私たち日本人の多くが誤解していることの一つに「戦後の日本は自由貿易によって発展した…」というものがあります。
しかしながら上のグラフをご覧のとおり、戦後の高度成長時代においては、純輸出など外需がGDPに占める割合は実に低いものでした。
つまり戦後の日本経済は、まちがいなく外需に依存することなく国民経済(内需)主導によって発展したのでございます。
しかも関税率も高かった。
なのにどうして「戦後の日本は自由貿易により発展した…」という印象が植え付けられていったのでしょうか?
おそらくは、日本が大東亜戦争に突入していった理由の大部分が「貿易のブロック化」にあったことから、自由貿易さえ実現すれば日本は戦争する必要が無くなるという誤解が醸成されていったのだと推察します。
即ち「戦前=保護貿易」「戦後=自由貿易」という思い込みです。
繰り返しますが、高度経済成長時代の日本の関税率は決して低くはありませんし、またそのことが内需主導経済に貢献したことは言うまでもありません。
戦後、米国の国際戦略は、西側同盟諸国を共産化(赤化)させないことにありました。
だから関税率の高い日本に対してそれほど強く文句は言ってこなかった。
日本の関税率の高さを容認しつつ、米国の市場を開放してドル経済圏を拡大していったわけです。
それに日本を経済的に豊かにしておかねば、米国にとっての不沈空母である日本がソ連(東側陣営)の手に渡ってしまうことを恐れていたこともありました。
米国の対日外交の転換期は、むろんソ連の脅威が薄れはじめて冷戦構造が崩壊したころです。
1985年のプラザ合意、1989年の日米構造協議、1992年の年次改革要望書のはじまり等々がその象徴です。
プラザ合意では日本の貿易黒字が問題視され、結果として円高が進行することになりました。
そして日米構造協議と年次改革要望書の結果、1990年代以降、わが国の構造改革が加速され、その後のデフレ経済と発展途上国化の主因となり、今や「失われた30年」になろうとしています。
にもかかわらず国内では、なお一層の構造改革や自由貿易を求める人たちが跡を絶ちません。
それに、自由貿易はグローバリゼーションを維持できる力(覇権国)の存在が必要ですが、もはや米国にその力はありません。
よって、わが国は有事を前提にした強靭な経済体制を構築していくべきです。
有事を前提にした体制とは、できうるかぎり自存自衛できる体制のことです。