わが国には、「憲法9条さえあれば戦争にならない…」と主張する盲信的な平和主義者たちが少なからずおられますが、憲法9条が前提とする「戦争」とは、有事と平時が明確に区分された総力戦であり国家間決戦です。
国家間決戦とは、相手国内部に侵攻し、その首都を占領し、大東亜戦争に敗北した日本国が米国にやられたように、いわゆる「城下の誓い」を強要して相手国の国家体制まで変更させる全面的戦争のことです。
しかしながら「大国」と「核兵器」の出現により、今やそのような戦争が再起される可能性はほぼゼロとなりました。
先の大戦以降に世界で起きた戦争は、ことごとく局地戦、代理戦、国境戦のいずれかに限定されています。
現在進行形のロシア・ウクライナ戦争についても、互いに敵国の国土全体を攻撃の対象とはしておらず、首都を制圧しようとしているわけでもありません。
ウクライナ北部での局地戦・国境戦であり、NATOとロシアの代理戦争にとどまっています。
なお、劣勢に立たされているプーチン大統領が「核の使用」をチラつかせていますが、むろん西側の核がストッパーになっています。
もしも「核兵器」が廃絶されていたら、とっくに第三次世界大戦に突入していたことでしょう。
それが軍事のリアリズムというものです。
とはいえ、国家間決戦は回避されつつも、世界は今、有事と平時の区分を意図的に曖昧にした「ハイブリッド戦」の時代に突入しています。
2014年のロシアによるクリミア併合も、いわばハイブリッド戦による強奪でした。
ご承知のとおり、ミサイルや戦闘機だけが兵器ではなく、今や「移民」をも兵器化される時代です。
通常兵力では敵わない小国が「移民」を兵器化し、核をもつ大国から政治的・外交的な利益を勝ち得ているのも事実です。
例えば、キューバは移民の兵器化を武器に、たびたび米国から外交的譲歩を引き出しています。
最近でも、ベラルーシやトルコのように、「人為的な移民の流れを作り出して殺到させるぞ…」と言って相手国を脅し、実際にそうした手段を使って譲歩を引き出している国もあります。
現にベラルーシのルカシェンコ大統領は「EUに簡単に入国できる」と約束して移民や庇護申請希望者の集団を自国に集め、その多くはイラクやシリアのクルド人、及びアフガニスタンからやってきた人たちだったようですが、集められた彼ら彼女らは特別ビザで首都ミンスクに到着し、冬が近づき気温が下がっているなか無防備な状態でラトビア、リトアニア、ポーランドの国境に放置されました。
国連条約及びEU法では、庇護希望者の人道的保護を保証しなければならないことになっていますが、ラトビア、リトアニア、ポーランドの国境警備隊は、催涙ガスやゴム弾などを使って、国境を越えて入国を試みる彼ら彼女ら移民をベラルーシ側に押し戻したとのことです。
ルカシェンコ大統領はEUの玄関口で人道危機を演出し、それをテレビで放映させることでEU各国を大いに悩ませたわけです。
あるいは、アルバニア政府はイタリアへの大規模な移民流入を防ぐことの見返りに「食糧支援」や「経済援助」を引き出していますし、リビアの最高指導者だったカダフィ大佐も、21世紀に入ってから最初の10年間に「EUが資金援助を含むさまざまな要求に応じなければ、欧州を黒人とイスラム教徒の地にする」と何度も脅迫していました。
こうした脅しが、ヨーロッパ人に対し「アフリカ系移民に席巻される…」という根強い不安感を植えつけたようで、実際にEUは長年にわたってリビアの要求を受け入れてきました。
今なお、リビアを支配している武装勢力はこの手法でEUを脅し続けているらしい。
トルコのエルドアン大統領もまた、「ブリュッセルが一定の譲歩をしなければ、中東のほか、さらに遠くからの移民をEUに殺到させるぞ…」と何度も脅しをかけています。
2016年3月のトルコとEUの合意は、その成果と言われています。
トルコが、EUを目指す移民の流れを止めてヨーロッパを助ける見返りに、60億ユーロの資金援助、トルコのEU加盟交渉の再開、トルコ市民のEUへのビザなし渡航などについて、ブリュッセルから約束を取り付けたのでございます。
これが、移民の兵器化です。
わが国の防衛体制は法制を含め、残念ながらハイブリッド戦に対応しきれていないのが現実です。