ハイブリッド戦を前提にした防衛予算を

ハイブリッド戦を前提にした防衛予算を

昨年暮に改定した防衛3文書の一つ『国家安全保障戦略』には、「国際社会は時代を画する変化に直面」し、「日本はいま戦後最も厳しく複雑な安全保障環境のただ中にある」とあります。

ここで言う「時代を画する変化…」というのは、米国による一極秩序が終焉しつつある現実を指しているものと理解していい。

1989年にベルリンの壁が、そして1991年にソビエト連邦が崩壊したことで冷戦が終結し、時代は覇権国・米国による一極秩序時代に入って今日に至りました。

ところが、米国による覇権のもとで進められた約30年間にわたるグローバリズム世界は、皮肉にも米国の国力(経済力・軍事力)を相対的に衰退させるに至って、今日のように国際秩序が混沌としてきたわけです。

ロシアがウクライナ侵攻し、極東地域においても中国による台湾侵攻リスクの高まり、北朝鮮によるミサイルの乱発等々、あちこちで地政学リスクが高まりつつありますが、これらはすべて覇権国・米国の退潮にともない一極秩序が維持できなくなってきたことが大きな要因です。

例えば世界を①東アジア地域、②中東地域、②欧州地域の3つの地域に分類した場合、最盛期の米国であれば、少なくとも2箇所同時での有事対応が可能だったらしいのですが、今ではそれは難しいとのこと。

また、『国家安全保障戦略』が言うところの「安全保障環境の厳しさ…」とは、要するにわが国が中国、北朝鮮、ロシアという「核を保有する権威主義国家」に囲まれているという世界でも類をみない現実を指しているのでしょう。

なかでも、米国がもたらしたグローバリズムの恩恵を最大限に享受し、飛躍的に軍事力を強化したのは中国です。

米国と中国が保有する軍事力を比較すると、そのバランスは大きく変化しているのは明らかです。

中国の国防予算はいまや、30年前の実に40倍です。

2000年の段階での米中の軍事費格差は11:1でしたが、それが2010年になると5:1となり、2020年には3:1にまで詰め寄っています。

むろん国家全体の軍事力の規模や能力では、米国のほうが依然として勝っていますが、有事の際、米中が直接対峙する可能性の高い東アジア地域に限って比較すれば、そのバランスは既に1:1、いや中国優位に傾いているとも言われています。

2000年の段階では、軍用機や海軍艦艇は質量ともに圧倒的に米国が勝り、中国軍(人民解放軍)の活動範囲も東シナ海や南シナ海などいわゆる「第一列島線」の内側にとどまっていました。

ところが現在では、中国が、水上艦、潜水艦、戦闘機などの主要装備の「数」で米国を大きく逆転し、質の面でも、米軍に匹敵する能力を身につけるようになっているらしく、その活動範囲は第一列島線を遥かに越えて太平洋に広がり、グアムなどを含む第二列島線の付近にまで達しています。

そして2025年には、その差はさらに拡大し、活動範囲も第二列島線の先にまで及ぶようになるとされています。

因みに、これらの予測は米軍の公式見解です。

また、これまで米国は空母機動部隊(第7艦隊)を日本に前方配備することで「周辺国ににらみをきかせる…」という戦略を採用してきましたが、中国が築き上げた長射程のミサイル網などによって、有事の際、米軍の空母は中国近海に簡単には近づけないとも言われています。

1995年の台湾危機の際、米国に対して核攻撃をチラつかせつつも、いとも簡単に台湾海峡への米空母2隻の侵入を許してしまった、あのときの中国とは違うのです。

なお、安全保障環境を複雑化しているもう一つの要因は、かつてとは異なり現在では有事と平時の境界線が曖昧になっていることです。

戦場は、陸・海・空という目に見える空間に加えて、「宇宙」「サイバー」「電磁波」など、七つの領域に広がっています。

私たちの知り得ないところで、あるいは見えないところでは既に、米中の激しい攻防が繰り広げられていると思っていい。

基本的には、軍事作戦は打ち上げられた人工衛星、あるいはサイバー空間に広がるコンピューターネットワークなどによって支えられています。

このため、本格的な軍事攻撃が始まる前には、こうした背後のシステムへの攻撃が予想されるわけです。

そして、ソーシャルネットワーク等や各種のメディアを通じて偽の情報を意図的に拡散して相手国の人心を撹乱したり、あるいは相手国の世論を操作したりする「情報戦」や「心理戦」が繰り広げられます。

いわゆる「ハイブリッド戦」「超限戦」というやつです。

ロシアがウクライナに侵攻する前にも、大規模なサイバー攻撃や情報戦を仕掛けていたのは周知のとおりです。

むろん、中国も平時からサイバー空間などで様々な工作活動を活発化させているはずです。

このような有事と平時の境界線が曖昧な時代であるからこそ、有事限定の防衛予算を組むことの難しさがあります。