台湾有事は日本にとって極めて深刻な問題ですが、昨日ご紹介したユーラシア・グループの「ことしの10大ニュース」には「中国による台湾侵攻リスク」は入っていません。
それもそのはずで、今年(2023年)中に軍事侵攻するリスクは極めて少ないからでしょう。
現在の中国にとって、大陸から130〜260キロ離れた島への水陸両用作戦を成功させるのは難易度の高いタスクです。
例えば、大陸に面した台湾の西側の海岸は浅瀬が続き大型の船は沿岸部に近づけず、東側の海岸も切り立った崖が多いため、大量の兵士を一度に送り込めるような場所は極めて限定的です。
しかも、台湾海峡は東シナ海と南シナ海の間に位置しているために潮の流れが速く、気象も不順で霧や雲がかかることもしばしばです。
あるいは、中国の海兵隊は約4万人ほどで、先の大戦で米軍が当初28万人の陸兵を沖縄に上陸させたことを考慮しますと、規模として中国軍の台湾侵攻は後続の陸上部隊と合わせて30万人ほどになります。
加えて、その後の占領統治のことをも考慮すれば、50万人ほどが必要になります。
しかしながら、それだけの人員と補給品を運んで揚陸するための船舶や航空機がまだまだ足りません。
それに、中国軍は40年以上も大きな戦闘を経験していませんので、実践にむけた訓練にもう少し時間を要するのではないでしょうか。
現に、習近平国家主席は「台湾を統一する」と公言して武力行使の可能性を排除していないものの、統一のスケジュールは示していません。
むろん、こんご習近平政権の足元がぐらつき、台湾を攻撃しなければクビがつながらない、という状況に陥れば話は変わってきますが…
一方、中国が武力的に侵攻するというのは一つの可能性に過ぎません。
中国は台湾の防衛力を調査し、情報戦など明確な武力攻撃でないやり方で台湾に圧力をかけてダメージを与える「ハイブリッド戦」を加速させるのではないでしょうか。
そうなると、これはこれで実に厄介な話です。
歴史的にもハイブリッド戦は中国の最も得意とするところで、支那事変においてもわが国は痛い目をみています。
有事と平時の境界線を意図的に曖昧にした戦いを仕掛けてくる中国に対し、わが国もそれに対応できる体制をハード面でもソフト面でも整備していかなければなりません。
今後、一つのポイントとなるのは米国の動向かと思われます。
バイデン米大統領は台湾が攻撃された場合には「条約上の防衛義務はなくても米国は台湾を防衛する…」と述べていますが、政府中枢の本音は別にあり、そうしなくて済むことを望んでいるのではないでしょうか。
仮に軍事的に介入するにしても、台湾をめぐる戦いで米国が勝利するケース、敗北するケース、あるいは戦争になれば関係勢力のすべてが壊滅的なコストに直面するリスクなどもありますので、様々な分析がなされているはずです。
昨年8月、当時の米国下院議長であったナンシー・ペロシ氏が台湾訪問したことの報復で、中国軍が大掛かりな軍事演習を展開したのは記憶に新しいところですが、なんと次の下院議長もペロシ氏同様に訪台する可能性があるらしい。
実際にそうなれば、中国が台湾への圧力を強化する正当な理由を与えることになります。
米国はいたずらに刺激するくせに、いざとなると軍事介入するかどうかも疑わしい。
ある種のジレンマです。
中国のハイブリッド戦略が強化されていけばいくほどに、米国のジレンマはさらに拡大していくことになるでしょう。