政治学者であるイアン・ブレマー氏が設立した『ユーラシア・グループ』は、毎年「ことしの10大リスク」を公表しています。
ユーラシア・グループは国際情勢を分析する調査会社です。
ことし年頭に同社が発表した「ことしの10大リスク」では、イラン問題が第5位に挙げられています。
ご承知のとおり、イランでは民衆の抗議デモが続いています。
この抗議デモがイランにとって1979年のイスラム革命以来の脅威になっていると警鐘を鳴らしています。
その上でユーラシア・グループは「イラン核合意を復活させるための米国の外交努力は失敗した」とし、その結果、敵対するイスラエルなどを巻き込み、壊滅的な地域紛争に発生するリスクがあるというわけです。
このことは、中東にエネルギー資源を依存しているわが国にとっても他人事ではいられない事態です。
昨年9月、スカーフの着用の仕方が不適切だったとして、イラン当局に逮捕された女性が拘束中に死亡されました。
この事件をきっかけに民衆デモが発生し、既に4か月以上も続いています。
失業問題や物価の高騰問題も背景にあって、とりわけ若い女性を中心にデモは全国に拡大し、イスラム体制そのものに反対する運動に発展したようです。
サッカーのワールドカップに出場した代表チームが国歌を斉唱しなかったのも、今回の抗議デモに連動してのことだったのでしょう。
一方、イランのライシ政権は治安部隊を動員して抑え込みを図っているため、日に日に抗議デモの勢いは弱まりつつあるとのことですが、事態収束の見通しは立っていないようです。
すでに520人以上の死者、そして19,000人以上の逮捕者がでているという。
最高指導者であるホメイニ師も、デモの参加者を「暴徒」あるいは「反逆者」と非難して、決して容赦しない姿勢を強調しています。
とはいえ、抗議デモには指導者がいないことから、今回のデモが直ちにイスラム体制の崩壊に結びつく可能性は低いとの見方もありあす。
さて、こうしたなかイランと欧米諸国の関係が悪化していることも大きな不安要素です。
例えば、イラン当局によるデモへの弾圧が大勢の若者の命を奪っていることについて、欧米各国は「重大な人権侵害だ…」として、イランの治安責任者に対する制裁を発動しています。
デモ参加者の死刑が相次いで執行されたことを受け、英国、仏国、独国とEUはイランに対して、既に出ている死刑判決を取り消すよう求めています。
なお、イランがウクライナに侵攻したロシアに無人機(ドローン)を供与している問題も、欧米との対立をいっそう悪化させています。
欧米各国はイランに対して「新たな制裁」を科すだろうとユーラシア・グループは予測していますが、欧米とイランの関係悪化は「イラン核合意」を立て直すための米国とイランの間接協議にも深刻な影響をもたらしています。
そもそも間接協議はEUの仲介で進められてきたものですが、昨年2月にロシアによるウクライナ侵攻がはじまったことで中断してしまい、その後も双方の主張の隔たりは埋められることなく膠着しています。
イランは、米国に対して「二度と核合意から離脱しない保証」を要求しているのですが、バイデン政権は「将来の政権を縛る約束はできない」と拒否しています。
要するに米国もEUも、イラン政府による抗議デモへの弾圧や、ロシアへの無人機(ドローン)供与問題により、イランとの協議には応じにくい状況になっているわけです。
抗議デモに指導者がいないとはいえ、もしも最高指導者直属の革命防衛隊がイラン国民に銃を向けた場合には、局面が大きく変わる可能性もあります。
それに、多くのイラン国民が現体制への強い不満を溜め込んでいることから、ご高齢であるホメイニ師が交代する局面で大きな動きにつながる可能性も否定できないでしょう。
もしも、ユーラシア・グループが想定するような壊滅的な地域紛争にでも発展すれば、さらにエネルギー価格が高騰し、コストプッシュ・インフレに苦しむ日本経済に与える影響もまた甚大です。
グローバリズムが終焉した今日、世界は常にこうした地政学リスクに怯えなければならなくなりました。
ゆえに、こうしたリスクを前提にした「安全保障体制の構築」こそが、これからの政治の枢要にならなければなりません。