MMT(現代貨幣理論)は、「貨幣とは〇〇である」ことを具体的かつ科学的に証明した理論です。
即ち、貨幣とは何かの説明であって政策ではない。
にもかかわらず、その事実を曲解して狡猾なMMT批判を繰り返す者が後を絶ちません。
「MMTをやるとハイパーインフレになるぅ〜」とか、「だったら国債を無限に刷れると言うのかぁ〜」とか、「じゃぁ、政府は税金を徴収する必要なんかないじゃないかぁ〜」とか。
むろん、MMTはそんなことは言っていません。
人間の認知機能は、しばしばバイアスによって歪んでしまうらしい。
『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』を著した英国の神経学者、ターリ・シャーロットは「自閉症はワクチン接種によって生じる」という主張を例に上げ、人間の認知機能バイアスについて次のように説明をしています。
経験豊かな小児神経外科医のベン・カーソンが、大統領になる以前のドナルド・トランプとワクチンについて討論した際のことです。
カーソン氏は客観的なデータ分析により「ワクチン接種が自閉症を引き起こすわけではない」ことを確信していました。
ゆえに彼は、このデータさえ示せばトランプのみならず誰もが納得してくれるだろうと考えていました。
一方、トランプ氏は「ワクチン接種が自閉症の原因」だという主張を展開します。
結論から言うと、カーソン氏が主張するようにワクチン接種が自閉症を引き起こすわけでなかったのですが、トランプ氏の主張にはカーソン氏の正しい議論よりも聞く者にインパクトを与える力があったのです。
では、トランプ氏はどんな表現を使ったのでしょうか。
「私に言わせてもらえるなら、自閉症はいまや流行病だ。すでに制御できなくなってきている。小さな可愛らしい赤ん坊を連れてきて注射をする。子供用なんかじゃなくて、その注射針器は馬に使うようなばかでかいものに見える。実例ならたくさんある。私どもの従業員の話だが、つい先日も2歳の子が、2歳半の可愛らしい子供が、ワクチンを受けに行った。一週間後に高熱を出した。その後ひどく悪い病にかかり今では自閉症だ」(トランプ氏)
ターリ・シャーロットは著書の中で「ワクチンが自閉症の原因ではない」と知っていたにもかかわらず、これを聞いて動揺したと告白しています。
つまり、トランプ氏の言葉には事実とは無関係に人の心に訴えるものがあったわけです。
どうやらシャーロットは、トランプ氏の巧みな言葉に彼は本能的に反応してしまったらしく、看護師が馬用の巨大な注射針を赤ちゃんに突き刺すイメージが頭に浮かんで離れなかったという。
彼は「予防接種に使われる注射器が普通サイズのものだということぐらい、百も承知のはずなのに、なぜかパニックに陥ってしまった」とも言っています。
さらには「自分の子供が自閉症になったらどうしよう…」とさえ思ってしまったらしい。
しかしこれはシャーロットに限らず、親ならば誰もが抱き陥ってしまう感情なのではないでしょうか。
なるほど、シャーロットが言うように、もともと人間は情報に対して公平な対応をするようにはつくられていないのでしょう。
例えば、私は子供のころからつい最近まで「ピラニアは人を襲い、人を食い尽くす凶暴な魚である」と思っておりました。
ところが専門家によると、ピラニアはとても臆病な性質をしていて、特に単体でいるときは極端に臆病なのだそうです。
そのためピラニアは自分より大きく、そして動くものに対しては直ぐに逃げ出すほどで、死にかけの人間ならともかく元気な人を襲って食い殺すようなことはないという。
要するに私のピラニア観はまちがっていたわけですが、ではなぜまちがっていたのかと言うと、子供の頃に観た『ピラニア』という映画が原因です。
その映画には、獰猛なピラニアの大群が人間を食い殺すシーンがあり、その映像的記憶が鮮烈に私の脳裏に焼き付いていたのです。
以来、事実を知るまでのあいだ長らく「ピラニアは獰猛で危険な魚だ」という誤った認知バイアスがかかっていたわけです。
あの映画を観たとき、すぐに「ピラニアは本当に獰猛なのか…」を調べていれば、そのような認知バイアスを獲得することはなかったのですが、日常の雑事に追われている現実の生活のなかでは全ての事柄についていちいち事実(正しい情報)を確認することは実に難しいことです。
だからこそ、人間は歳を重ねるとともに様々な認知バイアスを積み重ねているにちがいない。
MMTを理解できない人たち、あるいは理解しようとしない人たちもまたしかりです。