バイデン米大統領が帰国の途につきました。
就任後、初のアジア歴訪となったわけですが、その最大の外交目的は「インド太平洋地域の安全保障への関与」だったと思います。
韓国との首脳会談では北朝鮮による挑発行動を強く警戒し、米国がいわゆる「核の傘」を含めて同盟国を防衛する拡大抑止の責任を果たすことが再確認され、合同軍事演習の規模拡大にむけ協議をはじめる方針が打ち出されました。
続いて日米首脳会談でも抑止力と対処力の強化が合意され、バイデン米大統領は米国主導の新たな経済連携「IPEF(インド太平洋経済枠組み)」を立ち上げました。
ただ、IPEFを立ち上げた表向きの理由は「最も重大な競争相手国である中国を経済的に封じ込めるため」となっていますが、果たしてそれはどうか。
同盟国に対し「米国が軍事的にコミットしてあげるから、その変わり対米経済交渉ではできるだけ譲歩してね」と言っていると理解したほうがいい。
そして今回のアジア歴訪の締め括りが、日米豪印の4か国で構成される「クアッド首脳会合」でした。
このように振り返ってみると、バイデン米大統領のアジア歴訪のポイントが「対中戦略」にあったことが改めて解ります。
むろん、日米首脳会談においてもバイデン米大統領は日米が抱える戦略的課題について言及したわけですが、とりわけ私が個人的に注目したのが「台湾問題」です。
バイデン米大統領は会談で「中国が力による一方的な現状変更を試みれば、ウクライナの比ではない重大な影響を日本や国際社会に及ぼしかねない」と述べたそうですが、問題は米国がどこまで本気でコミットするのかどうかです。
会談後の記者会見で、記者から「中国が武力で台湾統一を図ろうとした場合、台湾防衛のために軍事的に関与する用意があるのかどうか?」という質問に対し、バイデン米大統領は「YES、それが我々に課された責任だ」と明確に答えていました。
なお「一つの中国政策に同意しているが、力によって奪い取れるという考えは適切ではない。(中略)地域全体を混乱させウクライナで起きたことと同じような行動になる。だから我々の責任はいっそう重くなる」とも述べています。
とはいえ、これまでにも米国の歴代政権は、中国が武力で台湾統一を図ろうとした際の対応については「曖昧戦略」を踏襲してきました。
「米軍は介入するかもしれないし、あるいはしないかもしれない…」と。
あえて曖昧にすることで、中国の台湾侵攻を抑止し、同時に台湾で独立の動きが緊張を高める事態を抑える狙いがあったようです。
では、今回のバイデン米大統領の発言もまた、『うっかり口を滑らしたもの』だったのでしょうか。
いつものようにホワイトハウスからの「訂正」があるのかと思いましたが、今のところないようです。
それに記者会見の際、バイデン米大統領はちゃんと手元のメモを読みながら発言していたので、どうやら「つい、うっかり」ではなかったようです。
おそらく米国政権内部では「これまでのような曖昧戦略ではもはや中国の台湾軍事侵攻を抑止することはできない」という議論が高まっているのではないでしょうか。
では、肝心要のインド太平洋における米軍の軍事インフラは強化されているのでしょうか。
トランプ政権時代に打ち出された「海軍近代化計画(バトルフォース2045)」では、2045とあるように2045年までに500隻以上の有人および無人の艦船で構成された海軍艦隊を構築するとされていますが、逆に言えば米国海軍が最適な規模になるのを2045年まで待たねばならないことになります。
しかもこの計画は、バイデン政権になって前倒しされたのかと思っていたら、なんと棚上げにされていました。
「海軍は355隻の艦隊を維持する…」という長年の目標から大幅な後退を余儀なくされてしまったようです。
あまつさえ2023年の国防予算の削減により、さらに艦隊規模が縮小されるという話さえ聞こえてきます。
一方、岸田総理は首脳会談で「防衛費をGDP比2%にまで増額する」ことを明言できず、結局は「防衛費の相当な増額を確保する」と言って逃げています。
数字を明言できないのでは、ほとんど増額を期待できないと理解していい。
どんなに意気込みがあっても、インフラが伴っていなければ有効的な対処などできない。
このままいくと、日本はもちろん米国でさえ、台湾をめぐる紛争で敗北する可能性が高いのではないでしょうか。
台湾が中国に飲み込まれることの意味を、どれだけの国会議員が理解しているのか。
考えてみてほしい。
中国が台湾を手にした場合、世界の半導体生産量の80%近くを中国が支配することになります。
これによって北京は、半導体の供給を利用して対立国に対し強硬策をとってくることは想像するに難くない。
そして台湾がもつ地政学的重要性は言うに及ばずで、台湾は日本とフィリピンをふくむ、いわゆるアジア大陸の東方を南北に走る第一列島線に即した部分に位置しています。
ここに米国のレーダーが立つのか、それとも中国のレーダーが立つのかで、インド太平洋の軍事情勢は大きく変わります。
もしも台湾が陥落すれば、米国はグァムやハワイの防衛を第一優先とせねばならず、日本に対する米国の防衛義務の遂行はより困難になります。
そして中国による台湾軍事侵攻に対して米国が何ら役に立たないことが露呈すれば、米国が主導するインド太平洋の同盟システムにもより大きな亀裂が入ります。
そのときは、日本の防衛費をGDP比10%ちかくにまで引き上げねばならない状況になるでしょう。
もしもそれができなければ、まちがいなく我が日本国は中華人民共和国の「倭人自治区」と化します。