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議会報告 02 政治・経済

紛うことなき「横須賀製鉄所(造船所)」の功績2019/10/24    

昨日のブログで申し上げましたとおり、小栗忠順が未来の日本国のために建設した横須賀製鉄所(造船所)は、単に船を造るだけの工場ではなく、あらゆる工業製品を生産する総合工場であり、やがて日本で発展することになるインダストリーの原点でした。

我が国は幕末(慶応年間)から既に蒸気機関による工業製品の生産をはじめていたわけで、日本近代化の象徴といっていい。

それだけではありません。

ものづくりの原点は人づくりでもあることから、製鉄所構内には職工・技師を育てるための学校「學舎」が設置され、明治初年には更に高度な造船工学を学ぶための「海軍機関学校」が設けられています。

慶応2年に開校した學舎は授業料無料で、卒業すると家族を養うことができるほどの給料をもらえたため人気が高まり、全国から優秀な若者が殺到したといいます。

彼らは、造船工学のみならず数学、物理、フランス語を学び、大学理工学部または工業高専卒業程度の知識と技能を身に着け、やがて優秀な職工や技師になりました。

なぜフランス語を学んだのかといえば、フランスの技術供与を受けて横須賀製鉄所を建設したからです。

よって、すべての建設作業および製造作業がフランス式にメートル法で行われていました。

前述のとおり、「海軍機関学校」が開校されたのは明治初年で、ここにも全国から優秀かつ志のある若者が集まり、最高の造船工学を学び、船の設計までできる技術将校を育成しました。

東京大学(当時は帝国大学)工学部の学生は、ここで現場実習をしなければ卒業単位が認められなかったほどでした。

因みに、芥川龍之介はここで英語を教えています。

のちに中島飛行機を興した中島和久平さんもまた、この機関学校を卒業し海軍技術将校となって活躍されたお一人です。

中島飛行機といえば、戦前戦中にはゼロ戦を製造していた会社であり、いまのスバル自動車の前身です。

日清戦争の際の日本海軍の旗艦「松島」はフランス製で、日露戦争の際の旗艦「三笠」はイギリス製です。

外国製とはえ、自前(日本独自)で戦艦のオーバーホールやメンテナンスを行えるだけの技術やノウハウが横須賀製鉄所(造船所)に集積していたために、我が国は日清・日露の2つの海戦をともに大勝利することができたわけです。

日露戦争ののち、東郷元帥が「日本海海戦の勝利は(横須賀製鉄所をつくった)小栗さんのお陰です」と言ったのはそのためです。

やがて我が国は、大和や武蔵などの大型戦艦、そして赤城や加賀などの航空母艦をすべて自前(メイド・イン・ジャパン)で生産するまでに至ったわけです。

あらゆるモノやサービスを自国産により製造可能な国家のことを「先進国」といいます。

戦前、戦中の我が国は、まちがいなく先進国だったのです。(無かったのは資源だけ)

一国の経済力は、その国のもつ供給能力(モノやサービスをつくる力)で決定します。

その供給能力を決定するのは、「生産資産」と「技術」、そして「人材」です。

この「生産資産」「技術」「人材」の原点こそが横須賀製鉄所(造船所)なのだから、明治維新ののち、わずか50年足らずで日本が先進国になれたのは紛うことなく小栗さんのお陰です。