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議会報告 01 川崎市政

もうルサンチマン政治はウンザリだ2019/10/12    

「新自由主義(ネオリベラリズム)」
「新古典派経済学」
「グローバリズム」

これらは、すべて政治社会学的に同義語です。

即ち、世界を統一市場にするためには、カネ・モノ・ヒトの移動の自由を妨げている国境などはないほうがいい、だからこそ各国政府の役割など無力化しなければならない、という恐ろしいイデオロギーです。

例えば、それぞれの国家が、それぞれに通貨発行権などをもっているとグローバリズムが進まない………だから共通通貨ユーロを使え!、というのがユーロ・グローバリズムです。

つまり、ユーロ加盟国には金融主権もなければ財政主権もありません。

本来、一国の経済がデフレに陥れば、政府は通貨を発行し財政支出を拡大することで需要を創出(デフレ脱却)しなければなりませんが、ユーロ加盟国にはそれができない。

突き詰めていくと、グローバリズムは国民国家の主権(民主主義)を著しく制限することで成り立っています。

イギリスやドイツ、あるいはスウェーデンなどの北欧では、実質賃金を下げ、治安を悪化させるほど夥しい数の移民が流入しても、それぞれの国の民主主義では解決することはできません。

例え民主主義的に決定された各国の判断とはいえ、移民流入を一時的にでも制限しようとすれば、シェンゲン協定やダブリン協定に反することになってしまいます。

そんなグローバリズムも、国際金融市場の不安定化、国際テロ活動などの非対称脅威の拡散、貧富の格差の拡大、移民流入による実質賃金の低下と治安の悪化、文化の劣化、資源ナショナリズムの台頭、地球温暖化といった諸問題の深刻化等々によって、もはや信頼を失墜し、その限界を露呈しています。

それに対し、各国のグローバリズム政権が進めてきた、緊縮財政、規制緩和、自由化、民営化、小さな政府、重商主義的な自由貿易などの新自由主義的政策は、問題の解決策とはならず、むしろその原因であることが既に証明されています。

我が国においても、1990年代以降、即ち橋本内閣以降に誕生した内閣はすべてグローバリズム政権です。

その点、安倍内閣も小泉内閣も民主党政権も大した差はありません。

なんといってもグローバリズム政権の共通点は、デフレによって苦しむ国民のルサンチマン(社会に対する鬱屈した不満)を煽りに煽って構造改革(新自由主義的政策)を進めることです。

そして、構造改革の最大の受益者は、国民ではなくグローバル企業の経営者と株主です。

例えば、「国民の皆さん、なぜ郵便局が銀行業務や保険業務をやらなければならいのか? はたして給料の高い公務員にやらせる必要があのか?」と、国民ルサンチマンを煽って進めたのが「郵政民営化」です。

因みに、公務員の給料を高く感じるのは、デフレで民間の給与が上がらなくなったからです。(実際、バブル以前の公務員給与は民間よりも安かった)

郵政民営化の結果、その最大の受益者は日本国民ではなく「アフラック」となりました。

今や、全国2万ヶ所の郵便局はアフラックの代理店と化しています。

あるいは、「農協は既得権益で守らている。だから解体しろ!」といって、農協関連の法律は改正され、外資規制なしで「全農」の株式会社化が可能となりました。

やがて、その最大の受益者は米国の穀物メジャーの「カーギル」となることでしょう。

あるいは、「タネ(種子)は国民の生命の源であるとはいえ、それを国民の血税で保護するのは甘やかしだ。だから種子法など廃止しろ!」といって、種子法は廃止されました。

その最大の受益者は、やはり日本国民ではなく、遺伝子組み換えの種子を手掛けるバイオ化学メーカー「モンサント」です。

やがて私たち日本国民には、遺伝子組み換えのお米を主食としなければならない日が訪れます。

あるいは例によって「公務員は税金ドロボーだ。公務員を減らし行政職員を派遣社員に変えろ!」といって派遣法や公務員法が改正され、既に自治体の職員の一部(窓口業務)は派遣社員になっています。

それによる最大の受益者はやはり日本国民たる住民ではなく、大手派遣会社の「パソナ」です。

今日、強い勢力を維持したまま台風19号が関東に上陸しました。

川崎市役所においても、一部の正規職員の皆さんは緊急事態に備え、この悪天候のなか出勤し現場で待機しています。(もちろん、家族を家に残したまま)

しかし派遣社員には、こうした災害時における職務上の義務は課せられません。

正規職員と派遣社員とでは、負わされている任務と責任が大きく異なるのです。

むろん、公務員を削減したことによる最大の受益者「パソナ」は、災害時に国民を守る義務など一切負わないのです。

そもそも「新自由主義(ネオリベラリズム)」「新古典派経済学」「グローバリズム」には、安全保障の概念すらない。