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議会報告 01 川崎市政

「(仮称)川崎市差別のない人権尊重の街づくり条例」 #2
言葉の定義の大切さ
2019/09/07    

平成28年3月18日、川崎市議会で「あらゆる差別の撤廃に向けたまちづくりの推進に関する決議」が賛成多数で可決された際、唯ひとり私だけが反対をしました。

その理由は、むろん民族差別はあってはなりませんが、「ヘイト」の定義を曖昧にしたまま“反ヘイト”を理由(口実)に日本国民の民族的主張が抑圧されることがあってはなりませんし、また「ヘイト」の定義を曖昧にしたまま“反ヘイト”を利用して特定の国家民族の政治的主張が肯定されたり、非日本民族の行状が隠蔽されたりしてはならないと考えたからです。

何よりも定義が曖昧なまま言葉が独り歩きするようなことになれば、まさに「言論の自由」そのものを危うくする可能性があるにもかかわらず、未だ多くのメディアは「ヘイト」という言葉を明確に定義しないまま反ヘイト路線での報道を行っています。

ときに日本のメディアは言葉に対して不誠実なところがあり、当該問題を論じるに当たってはそのことを強く指摘せざるを得ないと思います。

例えば、典型的な事例として、いわゆる「体罰問題」があります。

多くのメディアは「体罰」と「暴力」の違いを曖昧にしたまま「体罰は悪である」と断罪します。

しかしながら、私は「体罰」を「子どもの進歩を目的とした有形力」と定義し、子どもの進歩を目的としない有形力を「暴力=虐待」と定義しています。

因みに「進歩」とは「正しい理性(正しい精神の技術)の獲得」を意味します。

このように、言葉が明確に定義されていれば「体罰は(ハードウェアとして)善である」ことが解り、体罰の仕方、即ちソフトウェアによっては善悪に分かれることが理解できます。

もしもその体罰によって進歩とは無関係に子どもが大怪我をしたのであれば、それは体罰ではなく暴力であり虐待ということになります。

つまり、体罰はその有形力の行使の仕方によって善悪に分かれるということです。

もっと身近な事例を示すと、例えば医療ミスによって手術中に患者が亡くなったとします。

むろん、お亡くなりになった患者さんやご遺族は実に不幸なことですが、それはあくまでも医療行為の仕方(ソフトウェア)に問題があったわけですが、だからといって医療制度というハードウェアそのものを廃止しようという議論にはならないはずです。

ところが、「体罰問題」になると、なぜか日本のメディアは忽ちにこうした思考回路がショートします。

だから、「ヘイト」という言葉が明確に定義されないままに、決議だの条例だの法制化だのという流れが加速しないように拙速な市議会の決議案に反対し、一石を投じようとしたわけです。

川崎市議会が「あらゆる差別の撤廃に向けたまちづくりの推進に関する決議」を可決した後、即ちその年の6月には、やはり前述の二つのデモ(平成27年11月8日と平成28年1月31日のデモ)が転機となって、横浜地方裁判所川崎支部は「デモ禁止の仮処分決定」(平成28年6月2日)を下し、国においては『本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律』(平成28年6月3日。以下「差別解消法」という。)が施行されました。

明日につづく…