〒214-0012
川崎市多摩区中野島3-15-38-403
TEL:044-934-3302 / FAX:044-934-3725



議会報告 02 政治・経済

正しい昭和史を知ろう #1
日本国民にとっての「終戦記念日」
2019/08/13    

毎年8月に入ると、例によってテレビ番組は、先の戦争に関する「反省 !?」番組で盛んです。

誰による何に対しての「反省」なのかが今ひとつピンときませんが、今年もまた明らかに間違っているのが「戦後74年…」という表現です。

そもそも「戦後」の起点が間違っています。

多くのテレビ番組は昭和20(1945)年8月15日を「戦後」の起点にしていますが、なにかの誤解かと思われます。

あの池上彰先生もそこは指摘されない。

まず、時系列で事実関係を確認したいと思います。

日本が最終的にポツダム宣言の受諾を連合国側に通達したのは、昭和20(1945)年8月14日です。

それを天皇陛下が、自ら国民に知らせるべくお言葉を述べられました。

それが8月15日の玉音放送です。

前日の14日深夜から15日にかけて、玉音放送を阻止しようとする陸軍省勤務の一部の将校と近衛師団参謀らに拠る「玉音盤奪取事件」があったものの、彼らのクーデターは未遂に終わり、15日の玉音放送は無事にながされ、翌日の8月16日、陛下のご詔勅及びポツダム宣言に従い全ての日本軍将兵は整然と武装解除しました。

ただし、ポツダム宣言を受諾したにもかかわらず、不当にもソ連軍が樺太やアリューシャン列島になだれ込んできたため、ひきつづき国土防衛のために応戦せざるを得ず、北方方面ではまだ激烈なる戦闘が続いていました。

それでも9月2日には、東京湾上において、我が国と連合国最高司令官とのあいだに「降伏文書」が調印され、以後、連合国総司令官がポツダム宣言により授権された権限の範囲内において、日本国は連合国の占領下に入りました。

ここから、あの占領政策がはじまったわけです。

しかしながら連合国最高司令官は、ポツダム宣言で授権されていない権限を奮って私法(マッカーサー条例)を設け、国際法を蹂躙した軍事裁判(東京裁判)を断行し、同じく国際法が固く禁止する「占領者による占領国での立法」(憲法制定)を行いました。

占領統治下にあった我が国には、その否を改めさせる術も力もありませんでした。

やがて昭和26(1951)年9月8日、サンフランシスコで講和条約が締結され、翌年の4月28日に講和条約が発効されるに至り、晴れて我が国は占領政策から開放され主権(独立)を回復しました。

国際法は、占領国による占領統治期間を「戦争状態」と規定してます。

即ち「戦闘状態 = 戦争状態」ではありません。

つまり我が国が昭和16(1941)年12月8日に米英に対して宣戦を布告して以降、その「戦争状態」に終わりを告げたのは、昭和27(1952)年4月28日のことであり、この日こそがまさに「終戦記念日」です。

よって、本年4月28日の時点で既に、あの終戦から既に「戦後67年目」を迎えております。

この理解は、私たち日本国民が「正しい昭和史」を知るにあたって実に重要なところです。

明日につづく…