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議会報告 02 政治・経済

「消費税」という怨念(前半)2019/06/17    

我が国は、自然災害が発生しようとが、デフレの長期化で国民が貧困化がしようが、あるいは民意の反映で政権交代が起きようが、結局は「消費税」が増税されてしまう、という摩訶不思議な国です。

消費税が導入されたのは1989(平成元)年ですが、消費税導入が議論されはじめた政治の歴史は意外にも古い。

そのはじまりは、なんと1978(昭和53)年12月に発足した大平正芳内閣のときからです。

政権発足の翌月(1979年1月)には、大平内閣は財政再建のためとして「一般消費税」導入を閣議決定しています。

いわゆる「消費税」の導入が議論されはじめた政治的背景には、概ね次のような事情がありました。

前回の東京五輪が終わった後、我が国経済はいわゆる五輪不況(総需要の不足)に陥りました。

その景気対策として、戦後はじめて補正予算において赤字国債が発行されたのです。

1965(昭和40)年のことです。

その10年後の1975(昭和50)年には、今度は通常予算において戦後初となる赤字国債が発行されます。

そこで毎度お馴染みの「政府の赤字はけしからん、すぐにでも財政再建をしなければ!」となったわけです。

今の政治とまったく同じです。

因みに、翌1976(昭和51)年の政府の国債発行残高は、たかだか5兆円です。

5兆円程度のころから「財政がぁ〜」とやって、それが800兆円になった今でも同じことを言って騒ぎ立てています。

いったい、いつになったら日本政府は破綻するのでしょうか?

要するに、赤字国債(政府の借金)は悪だ、という間違った貨幣観及び経済観が当時からあったわけです。

そして大平総理は、「一般消費税」導入を閣議決定した9ヶ月後(1979年10月)に増税を争点として解散総選挙に踏み切りました。

選挙戦を戦う大平総理のテレビ映像が、今でも鮮明に私の記憶に残っています。

たしか私が小学校低学年のころだったと思います。

たまたま観たテレビニュースで、車の上で街頭演説している大平総理が映し出され、「私が国民の皆様に増税をお願いする最後の男(総理)であります」と訴えかけておられました。

結局、その選挙戦で自民党は過半数を失ってしまう大敗北を喫することになりました。

もっと残念だったのは、大平総理が「国民に増税(消費税)をお願いする」最後の男にならなかったことです。

大平総理が失脚したのち、同じ派閥の鈴木善幸さんが総理となり、1982(昭和57)年に内閣として「財政非常事態宣言」を発しています。

その後、中曽根内閣となった1987(昭和62)年2月には、今度は名前を「売上税」と変えて「消費税」導入法案を国会に提出しますが、やはり国民の反発を受けて廃案となります。

2年後の1989(平成元)年、ついに大平内閣以来の怨念が成就して、竹下内閣のもとで消費税(3%)が導入されることになりました。

導入されて5年後には、はやくも「税率を3%から7%に引き上げよう」という「国民福祉税構想」が政権交代された細川内閣において発表されます。

すかさず、1995(平成7)年には、村山(自社政権)内閣が「財政危機宣言」を発表し、2年後の1997(平成9)年には橋本内閣が消費税を5%に引き上げています。

そこから我が国は現在に続くデフレ経済に突入したわけです。

その後、第二次安倍内閣によって消費税は8%に引き上げられ、今年の10月には更に10%にまで引き上げられようとしているのはご存知のとおりです。

消費税増税を正当化する理由は様々です。

例えば…
「これからは高齢化社会だから…」
「1000兆円もの政府債務があるから…」
「医療や介護など福祉を充実しなければならないから…」
「消費税は平等に負担を求める理想的な税制だから…」
「直間比率を見直さなければならないから…」
などなど…

明日に続く…