きのう招集された臨時国会で所信表明演説に立った岸田総理は、あらためて「新しい資本主義」の実現を訴えました。
総理の言う「新しい資本主義」とは経済成長と分配政策を両立させるものらしい。
例えば所信表明演説の中で「人への投資はコストではなく未来への投資だ」と述べられていますので、人件費を変動費化させてきた新自由主義(ネオリベラリズム)からは決別すべきだ、という意志は確かなようです。
ただ、新しい資本主義…という言葉にはやはりピンとこない。
ピンとこないというよりも解りづらい。
素直に「公益資本主義」と言えばいいのに、と思います。
1990年代から加速化した新自由主義的な資本主義により、企業のステークホルダー(企業が経営をするうえで、直接的または間接的に影響を受ける利害関係者のこと)は、株主と経営陣だけになりました。
一方、公益資本主義においては、株主や経営陣のみならず、顧客はもちろん、従業員及びその家族、そして仕入先などの取引先や地域社会、あるいは環境といったそれらすべてがステークホルダーとなります。
今年のNHK大河ドラマの主人公は渋沢栄一だったようですが、渋沢が先頭に立って築いてくれた近代日本の資本主義こそ、まさに公益資本主義でした。
公益資本主義と岸田内閣の言う「新しい資本主義」では、いったい何がちがうのでしょうか。
まず、経済成長と言うのであれば、今まさに成長を止めているデフレ経済を払拭することが先決です。
そのためには速やかにPB黒字化目標を撤廃し、財政支出を大規模・長期的に拡大しなければならない。
また、成長と分配政策を両立させるのであれば、これまで自民党政権が進めてきた「構造改革」を速やかに停止し、株主利益を最大化するために改正されてきた雇用規制や会社法などを元通りにし、さらには格差を拡大させている税制、とりわけ消費税や分離課税を廃止、そして中間所得層を分厚つくするための累進課税制度を再構築しなければならない。
そのお覚悟が、岸田総理にあるのかどうか…
またもや総理の諮問機関にネオリベラリストが名を連ねていることから、実に疑わしい。
もう一つ、重要な点があります。
ジョセフ・シュンペーターは資本主義を「創造的破壊の過程」と定義しました。
つまり、それがどのような形態であれ、資本主義そのものが、長い歴史のなかで培われてきた国民国家にとって大切なもの、必要なもの、後世に伝え残すべきものさえも破壊してしまうわけです。
だからこそ政治には、常に「保守する」という強い意志と能力が求められます。
それもまた、岸田内閣にあるのかどうか…