災害や紛争などの有事や地政学リスクに備え、国は民間とともに石油を備蓄しています。
9月末時点の国家備蓄は、国内需要のおよそ145日分です。
政府はガソリン価格を引き下げるために、このうち数日分(数百万バレル)を石油元売り会社や商社等への入札を通じ市場に売却しようとしています。
石油備蓄法では、石油の供給が不足する事態などに備蓄の放出が認められています。
過去にも、2011年に東日本大震災が発生した際、一部の製油所で操業が停止されたときなどに民間の備蓄を放出した経緯があります。
しかしながら石油備蓄法は価格上昇の対応としての国家備蓄の放出を想定していませんので、今回は異例の対応となります。
政府は「過去の消費の実態に基づいて決めた備蓄の量が、その後、省エネなどが進んだために余剰になっている。その余剰分を放出するのでからあくまでも法律の枠の中での運用だ」との見解を示しています。
WTI(国際的な原油先物価格)は、世界経済の回復を受けて需要が急拡大したことなどから、先月25日には1バレル85ドル台と、7年ぶりの水準にまで値上がりしました。
これに伴ない日本でもガソリン価格が前年同月に比べて21.4%、灯油は25.9%も上昇して家計を直撃しています。
また石油からつくる化学製品などの原材料も値上がりしており、企業収益を悪化させる懸念も広まっています。
ただ、今回の国家備蓄放出の背景は何も国内事情だけではありません。
例によって米国様のご意向もあったようです。
自動車社会の米国では家計に占めるガソリンへの支出の割合が高い。
ゆえにガソリン価格の高騰は、米国市民の生活を直撃し時の政権への不満に繋がりやすく、選挙の投票行動にも直結しているとも言われています。
実際、今月2日に行われたバージニア州知事選挙では与党民主党の元知事が共和党新人候補に敗北していますが、対立候補は公約の中に州のガソリン税増税凍結を掲げ、ガソリン高騰に不満を強める有権者の支持を広げたと分析されています。
こうしたなかバイデン政権は23日、日本に先立って石油備蓄を向こう数ヶ月で合わせて5,000万バレルを放出することを発表しました。
米国はこれまでにも原油価格の上昇を抑えるために備蓄の放出を行ってきたことがありますが、今回は対決色を強める中国を含め、日本やインドなど主要な消費国と協調した初めての取り組みだとアピールしています。
バイデン米大統領の支持率が最低水準にまで下がり、1年後には議会の中間選挙を控えていることから、国民の暮らしに配慮する姿勢を一刻も早く示したかったのでしょう。
日本が異例の国家備蓄の放出に踏み切った背景には、こうしたバイデン政権(米国様)からの強力な働きかけがあったことは想像に難くない。
さらに問題は、こうした備蓄の放出にどれほどの効果があるのかです。
過去の放出の例をみますと、例えば東日本大震災の際には25日分の備蓄を放出するなど、まとまった量を放出しました。
ところが今回の放出量は数日分に留めるとのことで、価格抑制の効果は限定的ではないかとの見立てもあります。
因みに、先日に閣議決定された経済対策のなかでもガソリン価格の抑制策が打ち出されていますが、効果が見透せないとの疑問の声が上がっています。
ガソリンは石油元売り会社が輸入した原油から精製し、各地のガソリンスタンドに卸され最終的に消費者に販売されます。
政府が打ち出した価格抑制策は、ガソリンの小売価格の全国平均が1リットルあたり170円を超えた場合に石油元売り会社に卸売価格を引き下げてもらうよう協力を求め、その引き下げた分を政府が補填する仕組みです。
ただ、小売価格はガソリンスタンドがそれぞれの経営判断に基づいて決定するため、経営の苦しい店舗などでは例え卸売価格が引き下げられても小売価格を引き下げる保証はありません。
政府は全国におよそ2万9千あるガソリンスタンドの小売価格をチェックし、下がっていないケースが確認されれば値下げをお願いするとしていますが、例によって法的な根拠(強制力)もない。
さらにこの制度ではガソリン価格が1リットル170円を1円超える毎に1円ずつ補填額が増えるものの5円が上限で、しかも来年3月までの時限的な措置とされています。
なので、このまま原油価格の上昇トレンドが続けば、ガソリン価格を抑制することは事実上困難です。
やはり備蓄放出などという姑息なことをせず、ガソリン価格の4割を占めるガソリン税を凍結すべきでないでしょうか。
ガソリン税が凍結されれば、石油元売り会社やガソリンスタンドへの影響を抑えつつ、ガソリン価格の店頭価格を抑制することが可能です。
それでも値下げしないガソリンスタンドがあった場合には強く非難されることになるでしょうし、そもそもそんなボッタクリなガソリンスタンドにお客など来ないでしょう。
さて、政府がガソリン税に手をつけないのはなぜか。
むろん、税収を減らしたくない政府による「緊縮財政至上主義」があるからです。
詰まるところ、日本政府が石油の国家備蓄を一部放出することになったのは、緊縮財政及び国際協調とはいえ米国様の圧力の産物なのです。