トランプ米大統領は「NATO(北大西洋条約機構)加盟国が自国の国防費を十分に支払わないのなら米国は防衛しない」と言明しています。
要するに「おめえたち、もっとカネを出さねえならロシアの脅威から守ってやらねえぞ!」と。
しかしながら欧州各国としては「おめえ(米国)がカネを出さねえならNATOの意味がねえじゃねえか!」と思っています。
このやりとり、欧州から遠く離れた日本に住む者としては思わず苦笑するほかない。
米国なきNATOの場合、欧州各国は政治的かつ軍事的覚悟を決めて防衛予算を増やし、調達プロセスの再調整を含め核戦略をも大幅に見直さなければなりません。
そうしたなか、欧州安全保障の専門家であるマーク・ベル(ミネソタ大学准教授)が、欧州の核の選択肢に関して実に興味深い戦略的トリレンマを指摘しています。
①ロシアに対する信頼できる効果的な抑止力を形成すること
②核の先制使用を抑えるような戦略的安定性を確保すること
③新たな核拡散(核保有国の出現)を阻止すること
欧州がこれら三つの全てを同時に達成することはできない、とベル氏は言っているわけです。
なるほど、もしも米国がNATOから手を引けば、欧州はロシアへの対抗上から新たな核戦略を模索しなければなりませんが、それはそれで核を拡散させるリスクを高めます。
核は拡散すればするほどに、その抑止力効果は薄れます。
米国なきNATOが独自で「ロシア抑止戦略」を構築するのはなかなかに難しい。
というのも、前述のとおり、そもそもNATOは米国を引き込んでこそのNATOだからです。
日本ではあまり知られていませんが、NATOの目的は「いかにロシアを封じ込めるか」だけにあるのではなく、実は「いかにドイツを抑え込むか」にもあるからです。
欧州にとって、特に英仏にとってドイツの底力は常に脅威なのです。
トランプ米大統領は「特にドイツのNATOへの負担が足りない」と言っていますが、英仏をはじめ欧州各国はロシアを含め、これ以上ドイツが防衛費(軍事費)を増やすのを大いに恐れています。
例えば、先の二つの世界大戦の発端はドイツによる侵攻でした。
第一次世界大戦などは、ドイツ一国だけで英仏露を相手に戦ったわけですが、米国の参戦さえなければドイツが勝利していた可能性さえありました。
それほどに、ドイツは欧州の強国なのです。
ビスマルクのプロイセンがドイツを統一するときも、1990年の東西ドイツが統一されたときも、英仏は陰に陽に「統一の阻止」を図っています。
例えば、上のグラフのとおり、東西ドイツが統一される前、西ドイツだけでも英仏伊ソの経済力を上回っており、そこに東ドイツも加われば、いつ統一ドイツが牙をむき出しにしてくるかわからない。
英仏をはじめ欧州各国は、その眠れる獅子が目を覚ますことを恐れてドイツの統一を阻止しようとしたのですが、阻止できなかったがゆえにEUをつくり、そこにドイツを組み入れて抑え込もうとしたわけです。
要するに、経済的にはEUで、軍事的にはNATOでドイツを抑え込むというのが英仏の戦略だったのです。
NATOの名の下にドイツの防衛を米国が担い、そのことでドイツの軍事的拡張を抑え込んできたのですが、その米国がドイツに「もっと防衛費を増やせ」と言い出したことで、英仏をはじめドイツ以外の欧州各国は慌てているわけです。
米国抜きでNATOは成立しないというのは、そういう意味です。
英国が異例の2度目となる国賓招待でトランプ米大統領を招いたのも、フランスが慌ててドイツと主導して「欧州独自の核の傘」を提案しはじめたのもそのためです。