小栗上野介の功績

小栗上野介の功績

日露戦争(日本海海戦)でバルチック艦隊をみごとに撃沈した東郷平八郎はのちに次のように述べています。

「日本海海戦において完全な勝利を収めることができたのは、軍事上の勝因の第一に、小栗上野介殿が横須賀造船所を建設しておいてくれたことが、どれほど役立ったか計り知れない」

小栗上野介とは、幕末に勘定奉行をはじめ各種の奉行を歴任した天才旗本です。

上野介は官位の名称で、本名は忠順(ただまさ)です。

当時、老中をはじめ幕閣は財政難を理由に造船所の建設に猛反対していましたが、小栗は理を尽くし財源を捻出するなどして持ち前の事業推進力によって実現してしまいました。

勝海舟などは「造船所など作らずとも、船(戦艦)なんて外国から買えばいい」と言って反対の急先鋒でした。

軍事物資を外国に依存すること自体が国家の自立性を損なうことを、残念ながら勝海舟は理解できなかったらしい。

現在でもいますよね、そういう人。

また、小栗が建設中の造船所を視察に訪れた帰り道、ある部下が次のように尋ねています。

「すでに幕府の屋台骨は揺らいでおり、もはや先がない。今さらこんなものにおカネをかけて幕府に何の得があるのですか?」

そんな部下に対して小栗は「たしかに幕府は既に死に体で売家状態だ。しかしながら、同じ売家でも土蔵付きの売家にすれば、やがては日本国のためになるであろう」と答えました。

要するに「徳川のための造船所ではなく、将来の日本のために次の政権担当者に託すのだ」と言うわけです。

外国から船を買うような状態では、そもそも売ってくれるかどうかもわからないし、部品の調達や修理メンテナンスもままならない。

現に、日清日露の海戦において連合艦隊の艦船が補修万全の状態で直ぐに出動できたのも、横須賀造船所があったればこそでした。

それに、造船所は船をつくるだけではありません。

製鉄のほか、釘やネジなどあらゆる工業製品をつくる総合工場でした。

ゆえに日本の明治産業革命は、小栗のつくった横須賀造船所からはじまったと言っていい。

富岡製糸所ができたのはその後のことで、勤務形態や安全管理などの運営ノウハウは横須賀造船所がモデルになっています。

大隈重信も「明治の近代化はほとんど小栗上野介の構想の模倣にすぎない」と言っています。

そんな偉大なる小栗ですが、明治維新バンザイの薩長史観の学校教科書では残念ながら名前が出てこないため、多くの日本国民にその名が知られていません。

だからこそ、ことあるごとに私もブログ等で喧伝してきた一人ですが、実はこのたび、とても嬉しいニュースが入ってきました。

2027年(令和9年)のNHK大河ドラマにおいて、ついに小栗上野介忠順を主人公にした『逆賊の幕臣』が放映されることになりました。

小栗役を演じるのは、俳優の松坂桃李さんとのことです。

どのように描かれるのか実に楽しみです。

大東亜戦争の敗北は、明治維新の敗北でもありました。

戦後80年を経て、新たなる史料が次々に公開されていることから、改めて幕末の歴史から近代日本を見つめ直すことの必要性を痛感します。