日本が「東京裁判」を受け入れた事実などない

日本が「東京裁判」を受け入れた事実などない

財務省前のデモ参加者の一人が、財務省批判ついでに「日本は今なおGHQ支配が続いている…」という趣旨の発言をされていました。

むろん、GHQは既に存在しませんが、戦後日本の政治体制が「Made in GHQ」である、という意味であるならば、そのように言っても差し支えないと思います。

しかし、それに続く次の言葉には全く賛同できません。

「今なおGHQ支配なのは、戦後日本はサンフランシスコ講和条約で東京裁判を受諾しているのだから仕方がない」

これは明らかに誤解です。

おそらくこの人は、サンフランシスコ講和条約の原文を読んだことがないのだと拝察します。

講和条約(第11条)には次のようにあります。

「日本は東京裁判の諸判決(the judgments)を受諾し、刑の執行を継続する」

わが国はサンフランシスコ講和条約により、東京裁判の諸判決(the judgments)を受け入れたのであって東京裁判を受け入れたのではありません。

原文をしっかり読むと、受諾したのは「the judgments」であり、「trial」ではない。

言うまでもありませんが、判決(judgment)を受け入れるのと、裁判(trial)を受け入れるのとでは全く意味が異なります。

例えば、冤罪により刑に服した人がいたとしても、その人はやむを得ず判決に従って刑に服したのであって、裁判を受け入れて、つまり裁判に納得して刑に服したわけではありません。

条約では「judgment」に複数形の「s」がついていますので、正確な訳は「諸判決」です。

だからこそ条約にあるように、関係各国の賛意を得て東京裁判の刑はないことにしたわけです。

さらには、サンフランシスコ講話条約締結の翌年にわが国は、中国の正統な政権である国民党政権と日華平和条約を結んでいます。

内容はサンフランシスコ講和条約に沿ったものでしたが、中国との平和条約ではわざわざ前述の11条(サンフランシスコ講和条約11条)を削除しています。

なぜなら、その時すでに東京裁判が一切関係なくなったからです。

その証拠に、東條内閣で蔵相を務め東京裁判で終身禁固刑を受けた賀屋興宣は戦後、池田内閣の法相に就任していますし、同じく東條内閣で外相を務め禁固7年の刑を受けた重光葵もまた、戦後は鳩山一郎内閣の副首相及び外相に就任しています。

重光葵は日本の国連復帰の際には日本代表を務め、国連演説では各国から拍手を浴び、その逝去に際しては国連で黙祷が捧げられています。

もし日本が講和条約で東京裁判を受諾したのであれば、刑の執行がどうであれ賀屋興宣も重光葵も今なお戦争犯罪人です。

戦争犯罪人の死を、国連が追悼することなどあり得まい。

ゆえに、いわゆるA級戦犯も存在しないのです。

しかし残念ながら、わが国には今なお「日本は東京裁判を受け入れた」と誤解している人たちが少なくありません。