市場では、米国発のトランプ不況を恐れる声が広がっているらしい。
その背景には、むろんトランプ関税があります。
カナダや中国などへの関税発動につづいて、4月には相互関税や自動車関税も予告されていることから、サプライロス型インフレに直面している日本経済にとっても正念場を迎えそうです。
トランプ氏は「関税はお気に入りの言葉だ」と発言しているらしく(相当に気に入っているのでしょうね)、大統領に返り咲いた際の就任演説でも、19世紀末のマッキンリー米大統領の名前を挙げて「関税と才能を通じて米国を豊かにした…」と称えていました。
自分もそうなりたい、と。
米国が引き起こす新貿易戦争が世界経済にどのような悪循環を作り出すのかは検討もつきませんが、日本のみならず対米貿易に関わるすべての国々がトランプ関税に振り回されることは確かでしょう。
しかもトランプ政権では、USTR(通商代表部)代表など貿易政策の要職に就いている高官たちの多くが、いわゆるタカ派のようですからなおさらです。
ただ、果たしてトランプ大統領がマッキンリー元大統領のように「関税」と「才能」を通じて米国を豊かにできるかどうかは実に怪しい。
なぜなら、マッキンリー大統領時代とは世界の経済構造が大きく異なるからです。
マッキンリー時代の米国の中心産業は農業でしたし、世界貿易の大半は小麦、綿花、錫、石炭などの一次産品でした。
現在のように、製造業、サービス業、IT産業とが密接かつ複雑に結びついてグローバルに展開するような経済構造とは全く異なりますし、今や基軸通貨ドルを供給する米国の金融業は世界経済に欠かせぬインフラとなっています。
もしも米国が再び輸出大国となって経常収支を黒字化すれば、これまでのように米国の経常収支赤字によって世界中に配りまくってきたドルをすべて引上げることになります。
その時点で米国は現在の金融大国としての地位を失うことになりますが、それでウォール街は納得するのでしょうか。
関税や国境を敵視してきた新自由主義(ネオリベラリズム=グローバリズム)の思想的地位が完全に揺らいでいるのは事実ですが、この30年間にわたるグローバルな経済統合は相当に進んでしまっていますので、そう簡単に後戻りできそうもありません。
それでもトランプ大統領は、生産の国内回帰を進めつつ、国内の石油や天然ガスを開発してエネルギー自給を高め、宇宙開発などの先端技術でも他国を圧倒することで、移民に頼らぬ大国としての米国の復活(Make America Great Again)を思い描いているようです。
ですが、世界中に張り巡らされた米国の供給網を一気に国内に巻き戻すのはかなりの荒治療です。
一気に進めれば、必ず大きな歪が生じることでしょう。
そういえば、大統領選の期間中にトランプ氏は幾度となく「我々は大恐慌に向かっている」と発言していましたが、「その覚悟をもってでも自分は政策を遂行する…」という意味なのでしょうか。
その一方で、トランプ大統領は『政府効率化省』など政府支出の削減をはかるネオリベラリズム的な政策も掲げています。
どうも、政策の一貫性を感じない。
いずれにしても、わが国はわが国の立場で反ネオリベラリズム(反グローバリズム)の財政経済政策を遂行し、長きにわたるデフレ経済によって毀損されてしまった供給能力を回復していかなくてはなりません。