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『下天の幻』~信長的改革論~
第13回 電撃的上洛と軍規厳格
2005/07/04

永禄10年(1567)、信長は美濃を平定した。あの桶狭間の戦いの勝利から僅か7年足らずである。 信長は「美濃」の地名を「岐阜」と改めた。「岐」は古代中国において天下を治めるものが挙兵する地「岐山」からとり、「阜」は指導者論の祖ともいうべき孔子が生まれた「曲阜」からとって岐阜とした。同時に信長はこのころから「天下布武」の印を使用している。要するに、この日の本の国を統一し、武士が一 … “『下天の幻』~信長的改革論~
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『下天の幻』~信長的改革論~
第11回  信長の女性観 その2
2005/03/25

 いわでものことだが、当時、「五徳」は典型的な台所用具のひとつであった。炭火などの上に置いて鉄瓶などを載せる器具のことである。 信長はそんな台所器具の名前を自分の娘にさえつけている。 そのことは、かれが名門家やその種の家系の血筋に対して、これといった魅力や関心をほとんど示さなかったことのひとつの証かと思われる。あるいは台所用具のように飾らない親しみやすい存在として、その女性をふ … “『下天の幻』~信長的改革論~
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下天の幻 第9回
「信長軍は専門家集団」
2004/11/23

 前述のとおり、信長はお金で兵士を雇った。そのことが、当時としては実に画期的であったことも繰り返し述べた。  ここで誤解なきよう断っておかねばならない。  私は、信長が金にものをいわせた、ということを論じているのではない。かれは、お金の掛けどころ(あるいは賭けどころといってもいい)を変えた。そのことを論じようとしている。


下天の幻 第8回
「弱小兵の強み」
2004/10/18

信長は、お金で志願兵を雇い入れた。当時としては、ひどく画期的なことだった。  しかし、かれら傭兵軍団は、甚だ弱かった。それは何も、傭兵たちの訓練不足によるものではない。  では、なぜ弱かったのか、ということになる。  と、いうより、従来の百姓兵の方が、かれら傭兵団に比べ、より命がけで戦場に赴いていた、と言ったほうが正確な表現であろう。


下天の幻 第7回
「浮浪者を採用した新規事業」
2004/10/09

 信長は、父の死後、いよいよ家督を継ぐことになる。だが、それまで父・信秀が築き上げた軍事体制を否定した。  父の信秀は、他の大名がそうであったように、領内の百姓兵を農閑期に召集して、軍事行動を展開した。  百姓兵は、各村落ごとに編成される。