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社会を蝕むデフレ経済2019/03/10

我が国は1997年の緊縮財政(消費税増税を含む)以来、今日に至るまで約20年間にわたりデフレ経済です。 デフレに至った経緯はこうです。 1991年のバブル崩壊により、企業や個人が借金をしてまで購入した土地や株式などの資産価格が急落。 即ち、企業のバランスシート(貸借対照表)の借方の資産が大幅に目減りした一方、貸方の借金はそのまま残り債務超過に陥りました。 そこで企業は、傷ついた … “社会を蝕むデフレ経済”の続きを読む


福祉施設における「働き方改革関連法」の影響2019/03/09

「働き方改革関連法」が施行され、この4月から福祉現場についても年次有給休暇を10日以上与えられた職員に、付与日から1年以内に5日間取得させることが義務付けられました。 しかしながら、社会福祉法人などの運営事業者は、この年次有給休暇とは別に、年末年始や祝祭日、土曜日、日曜日などの年間休日数をそれぞれ付与して、さらに夏季休暇などの特別休暇を付与している事業者もあります。 ご承知のと … “福祉施設における「働き方改革関連法」の影響”の続きを読む


歴史という情報戦を戦う(その12 -最終編-)2019/03/08

1945(昭和20)年12月29日の午後7時頃、新潟発大阪行の列車が国鉄(現:JR)信越本線黒井駅に到着しました。 そのとき、3人の朝鮮人男性が列車に乗ろうとしましたが、満員のため乗車することができませんでした。 そこで彼らは、なんと列車の窓ガラスを叩きわって無理やり乗車しようとしました。 しかし、心ある日本人乗客(当時29歳)に阻まれたため、電車のデッキにぶら下がって次の直江 … “歴史という情報戦を戦う(その12 -最終編-)”の続きを読む


歴史という情報戦を戦う(その11)2019/03/07

これまで述べてきましたとおり、明治政府は発足以降、一貫して韓国を自主独立の国家として認め、彼の国の近代化に惜しみない努力を尽くして参りましたが、残念ながらその労力と期待はことごとく裏切られ続けてきました。 そうした経緯の上に、韓国併合という歴史があったことを私たち日本国民は決して忘れてはならないと思います。 なお、韓国を併合するにあたっては、日本国内にも反対意見がありました。 … “歴史という情報戦を戦う(その11)”の続きを読む


歴史という情報戦を戦う(その10)2019/03/06

なんとしてでも大国ロシアとの戦争を回避したい日本は、ロシアとの外交交渉をはじめます。 日本の主張は、満洲における権益はロシア、韓国における権益は日本、これを双方が認めることでした。 一方、ロシアの主張は、満洲は交渉の対象外であるとし、韓国は北緯39度以北を中立地帯とする、というものでした。 日本とロシアの主張が交錯します。 日本としては、もしも満洲を日本の権益対象外するのであれ … “歴史という情報戦を戦う(その10)”の続きを読む


歴史という情報戦を戦う(その9)2019/03/05

日清戦争が、朝鮮の独立をめぐる戦争であったことは、両国の宣戦布告書をみるとよく解ります。 日本は宣戦布告の中で「日本は朝鮮を啓蒙し、他の国と一緒になって朝鮮を独立国にしようと努めましたが、清国は朝鮮を属邦と言って陰に陽に内政干渉している」として、あくまでも朝鮮の独立のために戦うとしています。 一方、清国は宣戦布告の中で「朝鮮が清国の属邦であることは二百年以上にも及び、毎年貢ぎ物 … “歴史という情報戦を戦う(その9)”の続きを読む


歴史という情報戦を戦う(その8)2019/03/04

「甲申の変」によって、朝鮮独立党による近代化路線は失敗に終わりました。 さて、遡ること「壬午の乱」の際、清国は朝鮮に対して西洋列強との修好条約を結ばせています。 おそらくは、朝鮮の独立と近代化に力を貸している日本の影響力を削ぐための外交的措置だったと思われます。 しかしその結果、それを足がかりにして、ついにロシアが朝鮮半島に触手を伸ばしてくることになりました。 当時、日本にとっ … “歴史という情報戦を戦う(その8)”の続きを読む


歴史という情報戦を戦う(その7)2019/03/03

壬午の乱に乗じ3千の兵を朝鮮に留め置いた清国は、閔妃(国王の后)一派を傀儡化し、日本式改革をすべて取り止めさせました。 せっかく進み始めた朝鮮の近代化路線は、はやくも暗礁に乗り上げます。 しかし、そんな朝鮮にも、金玉均(キンギョッキン)や朴泳孝(ボクエイコウ)など「日本式に近代化をしなければならない」と考える改革独立派がわずかながらにも存在しました。 清国の傀儡であった閔妃一派 … “歴史という情報戦を戦う(その7)”の続きを読む


歴史という情報戦を戦う(その6)2019/03/02

李氏朝鮮では、王位が父から子への直系継承が行われなかった場合、新しい国王の実父に対して「大院君」という称号が与えられます。 日本が必死に修好条約の締結を求めていたころの朝鮮では、その大院君に与する勢力が排外主義を標榜し権勢をふるい、何かと難癖をつけては明治新政府との国交に異を唱えていました。 しかしながら江華島条約が締結されて以来、大院君派は力を失います。 その後、国王の后であ … “歴史という情報戦を戦う(その6)”の続きを読む


歴史という情報戦を戦う(その5)2019/03/01

我が国の国書を頑なに拒み続ける朝鮮でしたが、1871(明治4)年には朝鮮が宗主国と崇め奉る清国との間に『日清修交条規』が先に締結されています。 1874(明治7)年、気を取り直した日本政府は外務省の役人を再び朝鮮に派遣します。 外務官僚の頑張りもあって、そこでようやく「新たな書簡を送ったら朝鮮側が必ず受け取る」という確約をとりつけました。 やれやれ… 翌1875(明治8)年、そ … “歴史という情報戦を戦う(その5)”の続きを読む