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議会報告 02 政治・経済

歴史にみる皇統の危機(後半)2019/05/12    

「弓削道鏡を天皇にすべきかどうか…」

迷った称徳天皇は、和気清麻呂に宇佐八幡のご信託を受けてくるよう命じました。

そして清麻呂が持ち帰ったご信託は次のとおりです。

「天(あま)つ日嗣(ひつぎ)は必ず皇儲(こうちょ)を立てよ。無道の人は宜しくすみやかに掃い除くべし」

即ち「天皇となる者は必ず皇孫(男系継承)でなければならない。弓削道鏡を絶対に皇位をつけてはならない」というものでした。

このご信託のお陰により、皇統断絶の危機は救われました。

すると、怒り狂った弓削道鏡は、和気清麻呂を別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)と改名させ、今の鹿児島県に流してしまいます。

その上さらに刺客を送り込んで和気清麻呂を亡き者にしようとしました。

このとき、イノシシ300頭が清麻呂を救った、という逸話があります。

おそらくは皇室に味方する土着の部族が清麻呂を助けたのでしょう、

そのことが伝説となって残ったのだと思われます。

因みに、和気清麻呂を祀った和気神社が今もありますが、そこでは狛犬の代わりに「狛猪(こまイノシシ)」が飾られています。

このように、和気清麻呂の身を張った活躍により弓削道鏡の野望は断たれ皇統は守られたのです。

その後、称徳天皇が崩御されたことを受け、弓削道鏡は関東の田舎の寺に追放され、その地で生涯を終えました。

さて、蘇我入鹿と弓削道鏡という、皇統を危うくした具体事例を二つほどご紹介しましたが、この二つの事例には、ある共通点があります。

それは、いずれも女帝の御代であったことです。

第35代・皇極天皇の即位から第48代・称徳天皇の崩御に至る約150年間に重祚を含めて7人の女帝がおられました。

まさにこの時代は女帝の時代でしたが、この女帝たちはいずれも皇孫女(父は皇子)であり男系です。

ここで「男系」の意味について少し解説します。

例えば、小和田家から皇室に入られた雅子皇后陛下には、むろん皇位継承権はありません。

もしも雅子様が即位された場合、その時点で皇統は断絶し、代わって小和田王朝の誕生となり、神話を含め有史以来の一つ(一系)の王朝が消え、日本史上初の王朝交代になるわけです。

我が国では、男性であろうが女性であろうが、名字をもった人、及び名字をもった男性の子供は、絶対に天皇にはなれないのです。

それが男系継承です。

そこで考えたいのは…第35代から第48代までの約150年間は、なぜ女帝の時代になったのでしょうか。

結論から言います。

それは、天智系と天武系による皇統の正統争いに藤原氏などの豪族による権力争いが複雑に絡み合い、その微妙な勢力バランスを均衡させるための妥協として女帝が立てられからです。

現に、弓削道鏡による皇統危機を招いた称徳天皇が崩御されたのち、天智系の光仁天皇が即位され、続いて同じく天智系の桓武天皇(平安京に都を移した天皇)が皇位につかれたことで皇統の正統争いに決着がついたことで、皇位継承は安定し女帝時代に幕を閉じました。

平安時代以降(江戸時代の二人の女帝を除いて)、女帝がいないのはそのためです。

興味深いのは、男系男子による皇位継承が安定した平安時代にこそ、紫式部や清少納言や和泉式部などの女流文学が花開き、また女性のつくった平仮名が普及するなどして、まさに女性が活躍する時代になったことです。

あの時代の中国や韓国に、紫式部や清少納言に匹敵するような女流作家がいたでしょうか。

ながながと申し上げましたが、これらの歴史を顧みて、明治天皇も、そして伊藤博文ら元勲たちも、皇室の家法を明文化するにあたって男系による継承を明記することにしたのだと思います。

あるいは後嵯峨天皇の私情によって皇室が南北朝に分裂してしまった不幸な歴史の反省からも、明治典範では皇位の継承順位についても明確化したのだと思います。

なお、伊藤博文の典範「義解」には「君主の任意に制作するところに非ず」とあることから、ある天皇個人の好みや我が儘が皇位継承に災いを及ぼさぬようにするなど、慎重の上に慎重を重ねて議論が尽くされ明治典範は作られたのでしょう。

日本国民が皇室について語るにあたり、何より明治の皇室典範が重要となる所以です。

私たち日本国民の先祖たちは、ときに身を張り、ときに叡智をふりしぼり、男系による皇位継承を守り続けてきました。

今(現代)を生きる私たちの安易な判断で、私たちの先祖たちが命がけで守り続けてきた2000年以上の皇統を断絶させるわけにはいきません。

先祖たちの意見を尊重することを「縦の民主主義」と言います。

政治は、「横の民主主義」(今を生きる人たちの意見)だけで判断してはならないのです。