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議会報告 02 政治・経済

占領憲法の下位法律にされてしまった「皇室典範」2019/05/09    

毎年、メディアは8月15日を「終戦の日」とし、例えば「今年は終戦から◯◯年が経ちました」と報道していますが、これは明らかな間違いです。

我が国にとって大東亜戦争「終結の日」は、昭和27年4月28日です。

即ち、サンフランシスコ講和条約が発効して、連合国軍最高司令部による占領政策が終了し日本国が独立した日です。

国際法は占領期間中についても戦争状態(戦闘状態ではない)としており、占領政策の終了によってはじめて「終戦」となるわけです。

こうした基本的な理解に乏しいのは、戦後教育が『戦時国際法』を教えてこなったからでしょうか。

だから多くの政治家やマスコミは、未だ「交戦権」の意味をも理解できないでいます。

因みに、「交戦権」とは交戦する権利のことではありません。

昭和20年8月14日は、日本政府が「ポツダム宣言」の条件を受け入れて(無条件降伏ではない証拠)、その受諾を連合国に通達した日です。

翌15日には、昭和天皇の玉音放送がありました。

さらに翌16日、ポツダム宣言の条件どおりに、内地外地にいたすべての日本国軍隊が武装解除しました。(但し、占守島など、ソ連軍による侵略を阻止すべく一部日本国軍隊は交戦状態にありました)

その後、6年半におよぶ占領政策がつづき、前述のとおり昭和27年4月28日に我が国は独立を回復したわけです。

要するに、8月15日は我が国の敗戦決定が陛下のお言葉を通じて国民に知らされた日であり、「終戦の日」ではありません。

戦後のはじまりを昭和20年8月15日とするのと、昭和27年4月28日とするのとでは大きな違いがあります。

先日も申し上げましたとおり、未だ戦争状態(戦闘状態ではない)にあった昭和21年11月3日、占領軍(連合国総司令部)は国際法を破り、被占領国(日本国)に恒久的な法律(日本国憲法=占領憲法)を公布せしめました。

主権の存しない我が国は、この屈辱的な「占領憲法」を受け入れいざるを得なかったわけです。

本来、昭和27年4月28日の独立回復(終戦)と同時に破棄されるべきものでしたが、戦後の政治家たちがそれを怠り、未だ「立憲主義」の名のもとに占領憲法を「憲法」としています。

主権の発動たる「憲法」が、主権の存しない国に発動できるはずがないのに…

さて、ここで重要なのは、このとき明治憲法とともに、占領軍の手によって「皇室典範」も変えられてしまったことです。

皇室典範とは、いわば皇室の「家法」のようなものです。

なので、そこに私たち国民の意見や総意など入り込む余地はありません。

なんと恐ろしいことに、戦後、皇室典範が占領憲法の下位の法律に格下げされてしまったのです。

例えば「皇室典範は法律なんだから、日本国民には改正する権利があんだ」みたいな誤解が生まれてしまったのはこのためかと思われます。

皇室や皇統を論じる場合、明治の皇室典範とその義解(ぎげ)を除くわけにはいきません。

明日につづく…