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議会報告 政治・経済

社会を蝕むデフレ経済2019/03/10    

我が国は1997年の緊縮財政(消費税増税を含む)以来、今日に至るまで約20年間にわたりデフレ経済です。

デフレに至った経緯はこうです。

1991年のバブル崩壊により、企業や個人が借金をしてまで購入した土地や株式などの資産価格が急落。

即ち、企業のバランスシート(貸借対照表)の借方の資産が大幅に目減りした一方、貸方の借金はそのまま残り債務超過に陥りました。

そこで企業は、傷ついたバランスシートを調整するべく投資を抑制することで借金返済に勤しみ、家計もまた消費を抑制しました。

こうして1992年以降、民間の投資と消費が低迷していします。

それもでもなんとかデフレ化を防ぐことができていたのは、政府が公共投資を拡大し続けてくれていたお陰です。

現に1996年までの日本経済はデフレ化していません。

ところが前述のとおり、橋本内閣時代の1997年、「日本の財政は危機状態にある」というデマを前提に緊縮財政が断行されます。

要するに、企業や家計に加えて、政府までもが歳出を抑制したことで、日本経済は一気に総需要不足に陥ってデフレ経済に突入したのです。

くどいようですが、あれから既に20年です。

日本経済の低成長を「人口が減少しているのだから当たり前だ…」みたいに言う人がいますが、まったくのお門違いです。

低成長の根源はデフレ経済です。

因みに、デフレの恐ろしさは単に物価が下がるだけでなく、物価以上に給与が下落してしまうということです。

即ち、国民の貧困化です。

デフレによる国民の貧困化は、社会に次の3つ弊害をもたらします。

① 社会のモチベーションの下げる
② 椅子取りゲームのように勝ち残り競争社会になる
③ おカネだけがすべての社会になる

まず①についてですが、例えばデフレ以前の日本では「ビジネスマンよ、24時間、闘えますか?」というテレビCMが流れても、その会社をブラック企業だと批判する社会的マインドなどほとんど皆無でした。

それは、そのときの社会のモチベーションが明らかに上を向いていたからではないでしょうか。

明日は今日よりも、来年は今年よりも必ず経済が成長する社会。

あるいは未来のほうが必ず豊かになるという希望をもてた社会。

むろん、おカネだけが全てではありませんが、デフレ以前の社会は将来に対して何らかの希望をもてた社会だったのだと思います。

デフレは所得水準だけでなく、人々の期待や希望そのものを下向きにしています。

②は、要するに「限られたパイの奪い」です。

一番わかりやすいのは公共事業ですが、この世界ではそれに携わる業者は毎日毎日「椅子取りゲーム」をさせられているようなものです。

あるいはバーゲンワゴンか。

いわば「昨日はあの会社が、今日はこの会社が、もしかしたら明日は自分の会社かもしれない…」というように、公共事業関連業者は常に緊張の中にいます。

すべての業界がこうした環境に陥り続ければ、やがては他人を顧みることなく、人様と協力しようというマインドもなく、ひたすらに狡辛く礼節のない人たちだけが成功するという歪んだ社会になってしまっても当然ではないでしょうか。

③は「おカネがすべて」主義です。

デフレは、いわば貨幣価値の上昇現象です。

すべての物の値段が安くなるのですから、それとは反対におカネの価値が高くなるわけです。

こんな社会に20年もいれば、何よりも「おカネが大事」となって当然でしょう。

形而下である「物」の価値が下がれば、自ずと形而上の例えば「物を大事にする心」「家族愛」「友情」などの価値もまた社会全体として下がってしまうのではないでしょうか。

であるならば、その延長線上に例えば虐待事件があり、我が子を暴力で殺してしまうという事件が後を絶たないのだと思います。

ある意味、結愛ちゃんはデフレに殺されたのかもしれません。

昔から「衣食足りて礼節を知る」といいます。

デフレは、人を人で無くし社会そのものを蝕んでいきます。

恐ろしいことに、未だデフレ脱却の気配はみえていません。