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議会報告 政治・経済

歴史という情報戦を戦う(その10)2019/03/06    

なんとしてでも大国ロシアとの戦争を回避したい日本は、ロシアとの外交交渉をはじめます。

日本の主張は、満洲における権益はロシア、韓国における権益は日本、これを双方が認めることでした。

一方、ロシアの主張は、満洲は交渉の対象外であるとし、韓国は北緯39度以北を中立地帯とする、というものでした。

日本とロシアの主張が交錯します。

日本としては、もしも満洲を日本の権益対象外するのであれば、韓国もロシアの権益対象外とすべきで、その上で満洲と韓国の境界両側50キロを中立地帯(緩衝地帯)とすべきだ、と反論します。

これに対するロシアからの返答を日本は3週間待ちました。

しかし、残念ながらロシア側からの回答は一切なく、ついに国交断絶を通告することになりました。

1904(明治36)年2月6日のことです。

因みに、3週間も待つ、というのは外交的に異例のことです。

日本側としては、どうしても戦争を回避したいと考えていた証左です。

大国だったロシアとしては、おそらくはやる気満々だったのでしょう。

この日、作戦開始が発令され、東郷連合艦隊司令長官は主力を率いて旅順へ赴き、2月8日の夜、駆逐艦が奇襲攻撃をかけました。

かくして日露戦争がはじまりました。

戦争の結果はご承知のとおりですが、その経緯は司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』でもご参照いただければと思います。

重要なのは、もしも日本が負けロシアが勝利していれば、朝鮮半島は間違いなくロシアの植民地となっていたという点です。

こうしてみると、なにも日本が戦争したくてロシアと戦ったわけではなかったことがよく解ります。

大きな犠牲を払いつつも朝鮮半島からロシアの憂いを取り除いた日本は、やむをえず韓国を併合(植民地ではない)することになりました。

併合すれば持ち出し(おカネ)がかかるため反対意見もありましたが、このまま放置すれば再び清国やロシアが韓国を属国化しようとし、いずれまた日本の安全が脅かされてしまうこともあって併合したわけです。

ここで併合について補足します。

「植民地(Colony)」とは、差別と収奪の対象です。

それに対し「併合(Annexation)」は対等な関係です。

事実、併合後の日本は、韓国を日本と同じ生活水準あるいは文化水準に引き上げようと様々な政策を施しています。

一方、イギリスがインドやビルマで、ポルトガルがブラジルやティモールで、スペインが中南米で、オランダがインドネシアでやってきた搾取と奴隷化の植民地政策とは極めて対照的です。

例えば、イギリスがビルマを植民地にした際、ビルマ国王や王妃を島流しにした上、その娘をインド兵にくれてやるようなこともしました。

日本の朝鮮統治ではそんなことは行われていません。

それどころか、日本は韓国の王族に敬意をもって厚遇しています。

李王族には皇族に準ずる地位を与え、最後の王太子には皇族の梨本宮殿下の長女である方子(まさこ)様が嫁がれています。

また、韓国における最大の親日団体「一進会」も、日本による併合を切望していました。

決して、日本が強制的に韓国を併合したのではありません。

明日につづく…