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議会報告 政治・経済

請求するなら韓国政府に…2018/12/04    

韓国の検察が前大法官(最高裁判事)の逮捕状をソウル中央地裁に請求したようです。

その容疑は、元徴用工が日本企業を相手に起こした損害賠償請求訴訟において前政権の意向をくんで判決を先送りした職権乱用の罪だそうです。

最高裁判事経験者の逮捕状請求は韓国の憲政史上初めてとのこと。(朝日新聞)

さて、さすがに最近は「強制連行」という言葉を聞かなくなりました。

つい最近まで「戦時中、朝鮮人が“強制連行”されたぁ〜」と、よく言われていたものです。

しかしながら、実際には「徴用」です。

国家の命令で軍隊に従事することを「徴兵」と呼ぶのに対し、国家の命令で労働に従事することを「徴用」といいます。

これは日本人も台湾人も朝鮮人も、当時は同じ日本人として当然の義務でした。

まず、内地(日本)で徴用が制度化されたのは昭和13(1938)年のことです。

おそらくは、この前年に支那事変がはじまっていた影響もあったのだと思います。

一方、朝鮮には徴用は課されておらず、翌年から「自由募集」がはじまっています。

徴用ではなく「自由募集」です。

昨年お亡くなりになられた渡部昇一先生が言っておられましたが、内地は朝鮮半島に比べて生活水準も高く様々な点で魅力があったため、内地に来た朝鮮人が係累を呼び寄せることが多かったのだそうです。

なお、朝鮮人の内地流入は内地の労働市場を乱し、内地の治安が悪くなるとして制限されていたのだそうです。

今の安倍政権に聴かせてやりたいですね。

「人手が足りないから、その穴埋めとして外国人単純労働者(外国人低賃金労働者)を受け入れよう」と言っているのですから。

残念ながらこれにより、生産性向上のための企業投資は抑制され、あまつさえ日本人労働者の実質賃金上昇の機会すらも奪われます。

話を戻します。

それまで内地への労働者流入を制限していた日本政府も、その後、戦線が拡大せられ戦局の厳しさを増してきた昭和17(1942)年3月になると、朝鮮に対する「自由募集」を「官斡旋」に切り替えました。

それでもまだ「徴用」ではありません。

朝鮮に「徴用」が施行されたのは、戦争末期の昭和19(1944)年に入ってからのことです。

なにしろ日本(内地)の生産年齢人口は悉く戦場や工場に駆り出されているのですからやむを得なかったわけです。

「徴用」は、法に基づく国の命令ですので、これに従わなければ1年以下の懲役または1,000円以下の罰金という罰則がありました。

したがって「徴用」を拒否した場合は「強制連行」されることもあったと思いますが、行き先は刑務所です。

即ち、「徴用」を拒否して「強制連行」され刑務所に入れらたことはあっても、「強制連行」されて軍事工場等で働かされた、ということはありえなかったはずです。

それでも「徴用は本人の意思に反しているんだから強制連行じゃないか」などと言われてきたわけです。

それを言うなら、李承晩ラインでの日本漁船の拿捕や、北朝鮮による日本人拉致のほうがよっぽど強制連行です。

終戦と同時に、徴用された朝鮮人の中には給料を受け取らず工場から退去したケースもあったようですが、厚生省(当時)は企業の未払い賃金を法務局に供託させ、その供託金は昭和40(1965)年の「日韓請求権協定」による無償供与の一部として韓国政府に支払われています。

元徴用工の皆様、請求するなら韓国政府に請求してください。