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議会報告 政治・経済

誰かが負債を増やさなければ、国民の所得は増えない2018/05/19    

英語のBankが、我が国で「銀行」と訳されたのは1871(明治2)年のことでした。

訳したのは、徳川幕府に通弁として出仕していた福地源一郎です。

因みに福地は、Bankを「銀行」と訳した翌年(明治3年)から大蔵省に出仕しています。

福地が大蔵省に出仕しはじめたその3年後、即ち1873(明治6)年には、我が国初の近代銀行として「第一国立銀行」が開業しました。

その後、全国各地に国立銀行153行が次々と開業していくことになりました。

さらに1882(明治15)年には、『日本銀行条例』が発布され、我が国唯一の発券銀行として日本銀行(中央銀行)の営業がはじまっています。

それまでは、各銀行がそれぞれにおカネ(紙幣=銀行券))を発行していました。

中央銀行の設立を機に、それまであった国立銀行は免許期限満了とともに普通銀行として転換していくことになったわけです。

さて、これら近代銀行の発達がなければ、明治以降の我が国の近代産業は成立していません。

銀行とは、おカネを貸すことを生業とする企業です。

こうした「銀行」というおカネ(資金)を貸してくれる存在がなければ、政府や企業や個人は所得を拡大するための投資ができません。

あるいは、投資のために、それなりのおカネを借りる「政府」や「企業」や「個人」が存在したからこそ、我が国の近代産業は発展し、めまぐるしいほどの経済成長を成し遂げて近代国家をつくりあげることができたわけです。

資本を投じ、モノやサービスの生産性を向上させ所得を拡大する。

これが資本主義の王道です。

資本を投じることを「投資」と言います。

そして「投資」の原資は主として借金です。

もしも「借金せずして投資しなければならない」となった場合、ダイナミックな経済成長を成し遂げることは絶対に不可能です。

例えば、とあるAさんが「ラーメン屋さん(1号店)」を出店したとします。

Aさんのラーマンは大ヒットして、さらに2号店、3号店と店舗展開していけば、必ず収益を上げることができるという見込みが立ちました。

このとき、もしもAさんにおカネ(投資資金)を貸してくれる存在がなかった場合、どうなるでしょう?

Aさんは1号店の売り上げをコツコツ時間をかけて貯め込み、ある程度のおカネが貯まってからやっとのことで2号店の出店にこぎつけることになります。

さらに時間をかけておカネをコツコツ貯め、やっと3号店を出店…というようになります。

もしもまとまったおカネを貸してくれる存在があれば、Aさんは時間を要せずして一気に5~6店舗の出店が可能になります。

このことが飛躍的な経済成長をもたらします。

つまり、借金こそが経済成長(GDP拡大)の源なのであり、この世に借金してくれる存在がいるからこそ、経済は成長し豊かな生活を実現できるわけです。

では、もしもこの世に借金するヒトがゼロで、すべてのヒトが貯蓄を拡大した場合、経済はどうなるでしょうか?

GDP(所得)が激減して、恐ろしいほどの貧困化となります。

要するに、家計簿において貯蓄(借金返済を含む)は「善」なのですが、マクロ経済において貯蓄は「悪」なのです。

さて、誰かがおカネを貸しているとき、その反対側で必ず誰かがおカネを借りていることになりますので、各経済主体の資金過不足をグラフ化すると下の図のとおり上下対象になります。

誰かが貸したおカネと、誰かが借りたおカネは、絶対に等しくなりますので当然です。

資本主義では、基本的には家計が資金過剰になって預金を増やします。

その家計の預金を企業が借り入れることで経済が成長していきますので、真っ当な資本主義経済では、一般企業(非金融法人企業)が資金不足となるのが常道です。

ところが上のグラフのとおり、1998年に日本経済がデフレに突入して以降、本来は資金不足となるべき一般企業が資金過剰に転じ、継続的にプラスが続いています。

実に異常な経済情勢が続いています。

加えて2011(平成23)年以降、今度は政府が愚かなる緊縮財政を進め、急速に資金不足(負債)を縮小しています。

国内の負債縮小は、おカネの価値の上昇(=物価の下落)、つまりデフレを助長することになります。

繰り返します。

経済(GDP)を拡大するためには、いずれかの経済主体による「負債の拡大」が必要です。

デフレ期にそれができるのは「政府」のみです。