〒214-0012
川崎市多摩区中野島3-15-38-403
TEL:044-934-3302 / FAX:044-934-3725



議会報告 政治・経済

「失われた20年」で、900兆円もの所得が失われた!2018/02/26    

私が大学1年生だった年(1989年)の暮れ、東京証券取引所(大納会)の日経平均株価は、3万8,915円という過去最高値をつけました。

それをピークに翌年から株価は下落しはじめ、いわゆるバブル経済は1991年に崩壊することになります。

バブルが崩壊してから約10年後、日本経済の低迷ぶりを嘆いていた識者たちが盛んに「失われた10年」という言葉を使っていたのを思い出します。

しかし思い返してみますと、その時点で「失われた10年」というのは早計で、1991年にバブルが崩壊したとはいえ、ときの政府は景気を下支えするため、今とは違ってきちんと財政支出を拡大(需要創出)していました。

よって、株や土地やゴルフ会員権などの金融資産を持っていた人たちの多くはバブル崩壊に伴って大損されていたかもしれませんが、所得を稼ぐことで暮らす人たちの給料はそれなりに上がっていました。

そうした所得で暮らす人たちを苦しめることになる「デフレ経済」に日本が突入するのは、バブル崩壊から7年後の1998年のことです。

なぜなら、その前年の1997年に橋本内閣が消費税増税(3%→5%)を含む緊縮財政をはじめたからです。

国内で稼がれた所得の合計をGDP(名目)といいます。

下のグラフのとおり、名目GDPの推移をみますと、1997年まで僅かながらにも上昇していたことを確認できます。

昨年(2017年)の名目GDPが546兆円になっていますが、これは統計上の変更があり、それまで算入されていなかったGDPを新たに組み込んだ結果です。

一方、1997年時点の名目GDP(534兆円)にはそれが算入されていません。

なので、我が国の名目GDPは1997年以降、1997年の名目GDPを実質的に上回った年が一つもありません。

デフレ恐るべし…です。

つまり、1998年からデフレに突入しましたので、この20年間の日本経済は名実ともに「失われた20年」になってしまったのです。

あのとき(1997年)、もしも橋本内閣が緊縮財政を行っていなければ、日本がデフレに突入することはありませんでした。

では、日本がデフレに突入しなかった場合の名目GDPをみるとどうなるか?

1980年から1997年までの名目GDPの伸び率は毎年平均で4.9%でした。

よって、1998年以降も毎年4.9%で成長したと仮定した場合、下のグラフのとおりになります。

なんと名目GDPは今の約3倍です。

即ち、あのままデフレに突入することさえなければ、今ごろは日本国民の所得は今の約3倍(一人当たり平均)になっていた、という計算になります。

(むろん、その分インフレ率も上昇しますが、デフレとは違うので所得の上昇率が物価の上昇率を上回ります)

私たち日本国民は、この「失われた20年」によって約900兆円もの所得を失ったのです。