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議会報告 政治・経済

政治と言葉2018/01/19    

『論語』に「巧言は徳を乱す」という言葉があります。

意訳すると、「巧言(巧みな言葉)は世を乱す!」というほどの意味になりましょうか。

政治の世界に身を置いておりますと、ことのほか痛感させられる言葉です。

巧みな言葉とは、要するに「きれいごと」です。

世の中を悪くしている連中(良い政策を阻止する連中)は、この「きれいごと」によって世を惑わし、善政を阻止します。

連中は、とりわけ「自由」「多様性」「愛」などの言葉が大好きす。

例えば典型的なのが、「教育は愛だ」とか「子供の笑顔が好き」とかみたいな…

こうした手合いは必ずと言っていいほど「ぼくは子供の笑顔が好きだから子供は誉めて育てるべきだ」とか平然と言ってのけます。

あるいは「経済活動は常に自由であるべきだから政府の役割を減らし、規制緩和や民営化などを積極的に進め、どんどん自由化すべきだ」とか。

ところが、この種の方々に対して、「愛ってなんですか?」「自由って何ですか?」という素朴な問いかけをすると、たいてい沈黙されます。

そんなこと、考えてみたこともないからでしょうけど。

例えば「犬は魚です」と言われたら、誰でもそれが間違いであることに気づきます。

なぜなら、「犬」と「魚」の定義が明確にされているからです。

ところが、「教育は愛だ」と言われると「愛」の定義が不明確なので、なんとなく誤魔化されてしまう人々が多いわけです。

何よりも、言っている当の本人がそれを理解していないことが大問題です。

あるいは「経済の自由」や「自由貿易」という言葉も同様で、「とにかく自由なんだからいいんですよ」と言われてしまうと、なんとく説得されてしまう人々が多いのでしょう。

例えば「自由貿易」の対義語を「保護貿易」だと定義したのなら、必ずしも「自由貿易」は正義ではありません。

歴史を通じて解ることですが、自由貿易を唱えている国々であっても、自国の産業競争力が強化されるまでは必ず保護貿易を行っています。

即ち、産業競争力のある国にとって自由貿易は善であっても、それがない国にとっては「自由貿易は悪」ということになります。

つまり「自由貿易は善」は、真理ではない。

たしか評論家の中野剛志先生が仰せられたことですが、世界の経済史を紐解いていくと「自由貿易が経済成長をもたらした」のではなく「経済が成長したことにより自由貿易が成立した」というのが実態だったとのことです。

ある意味、政治とは「言葉の戦い」、即ち「情報戦」です。

現在の日本を発展途上国化及び小国化させている最大要因は「デフレ経済」ですが、デフレ対策として政府による正しい経済政策が打たれないのも実は言葉の問題があります。

まず、デフレをどのように定義するのか、です。

例えば、私ども積極財政派は「デフレは総需要の不足」と定義しますが、緊縮財政派(政府)は「デフレは貨幣現象」と言いはります。

とはいえ「デフレは貨幣現象」派は、これまで全く結果を出せていない(デフレを脱却できていない)のですから、もはやその定義が間違っていたことは明白なはずなのですが世間的な理解ではそうなっていません。

その理由の一つに、内閣府によるデフレギャップの定義(計算方法)がすり替えられてしまったことがあります。

下のグラフのとおり、内閣府の発表によれば、現実の経済とは無関係にデフレギャップは既に埋まりつつあることになっています。(※内閣府はデフレギャップとは言わず、GDPギャップと言う)

グラフのとおり四半期ベースでみますと、2015年のQ4(第4四半期)をピークにデフレギャップは縮小を続け、昨年のQ2、Q3は連続でインフレギャップ化しています。

そんなバカな…もしも本当にインフレギャップであるのなら、どうしてインフレ率が上昇しないのか?

ある時点でデフレギャップの計算方法(定義)が変えられてしまったのは、ご存じのとおり小泉内閣時代の国務大臣・竹中平蔵先生によるものです。

結果、このことでデフレギャップは、より小さく算出されるようになってしまいました。

彼らがそこまでしてデフレギャップを小さく見せたいのは、「デフレギャップは解消されているんだから財政出動の必要はないでしょ!」と言いたいからでしょう。

緊縮財政(小さな政府化)は彼らの利益なのです。

言葉を定義しないまま巧言をまき散らすことは極めて迷惑な話しです。

同様に、都合が悪くなると定義そのものを変更するのもまた極めて悪質です。