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議会報告 政治・経済

イヴァンカ、ドナルド、両親子訪日の意味2017/11/05    

1985年9月22日、米国のニューヨーク市にあるプラザホテルにおいて、日、米、英、仏、西独の蔵相及び中銀総裁による会議が開かれ、為替レートの安定化に関する合意がなされました。

いわゆる「プラザ合意」です。

中学校3年生の時、テレビニュースでプラザホテルの映像を見た記憶が今でも鮮明に残っています。

「為替レートの安定化…」といえば聞こえはいいのですが、実質的には日本を除く4カ国から「日本は円安で儲け過ぎているんだから、これからは円高で我慢しろや!」と強制されたようなものです。(※輸出産業は自国の通貨価値が安くなるほど儲かります)

日本企業の生産性の高さに舌を巻いていた当時の米国は、貿易収支の不均衡の是正を図るべく、ドル高(円安)政策を転換するため、複数国からの要請という形をとって無理矢理にプラザホテルで合意させたのです。

そんなに不本意だったのなら、もっと抵抗して合意しなければよかったじゃないか…という意見もありましょう。

残念ながら、我が国には抵抗できない事情があったのです。

当時の我が国の地政学的環境をみますと、例えば大韓航空機撃墜事件が起きたり、ソ連の潜水艦が日本近海に定期的に出没したりしていました。

依然として、ソ連は北東アジアにおける軍事力を強化していたのです。

当時、自衛隊はソ連軍による北海道侵攻を想定した訓練を行っていたほどです。

このため、時の総理大臣・中曽根康弘氏は、日米関係の強化こそが安全保障上の生命線と考えていました。

要するに、米国様の軍事力に頼るしかない日本にとって、為替レートの調整に抵抗するという選択肢はなかったわけです。

結果、ドルに対する円の価値は、1985年9月の240円から1987年2月の150円まで高まったことで、我が国は世に言う「円高不況」に陥りました。

金融政策を預かる日本銀行は、円高不況を克服すべく1986年1月から翌年(1987)2月にかけて、公定歩合を2.5%にまで引き下げました。

いわゆる金融緩和です。

勤勉性と技術力と日本式経営の強みを備えていた我が国の輸出産業の努力と、金融緩和の効果とが相まって、1987年春ごろから景気が回復に向かいます。

驚くべき回復スピードです。

さて、景気の回復が明確化したのですから、日本銀行としては頃合いをみて金融を引き締めなければなりません。(※公定歩合の引き上げを検討しなければならない)

そのまま緩和(低金利)状態を続けてしまうと、必要以上にインフレ率が上昇してバブル経済が発生する可能性があるからです。

ところが、1987年10月19日、ニューヨーク証券取引所で史上最大規模の世界的株価大暴落が起こりました。

いわゆる「ブラックマンデー」です。

多額の財政赤字と経常収支赤字によるドル安の進行がドル暴落につながることを懸念していた米国は、ブラックマンデーを理由にして、今度は日本に対して低金利の継続を要求したのです。

プラザ合意以降、あれほど「円高にしろ」と言っていた米国が、手のひらを返したように「もう少し円安を続けろ」と言うのです。

いかに彼の国が勝手な国であるのかが解ります。

結果、低金利政策は1989年5月までの約2年3カ月という異例の長期に及び、それが我が国のバブル経済の拡大を助長しました。

さらに1989年からは、あの悪名高き「日米構造協議」がはじまります。

米ソ対立という冷戦構造に勝利し、ソ連の脅威をふりはらった米国は、今度は日本を経済的仮想敵国として様々な要求を突きつけてくるようになりました。

日米構造協議とは、主として米国による日本に対する規制緩和、内需拡大(財政出動)の要求です。

低金利に加えて規制緩和と財政出動、この3つを好景気状態の中で行えば、当然のことながらバブル経済が発生します。

事実、そうなりました。

そしてバブルは崩壊し(崩壊しないバブルはない)、我が国は深刻な長期不況に陥ることになりました。

加えて、1997年の消費税増税(3%→5%)及び緊縮財政のはじまりによって、今日に至るまでの20年間、我が国はデフレ経済の中にあります。

要するに、安全保障(国防)を米国に依存してきた我が国は、その代償として金融政策及び経済政策の主体性を奪われ続けてきたのです。

我が国におけるバブル経済の発生も崩壊も、デフレ経済の発生も継続も、すべて主体性なき金融・経済政策の帰結です。

そして今また米国は、北朝鮮有事という我が国の安全保障上の弱みにつけ込んで、FTA(自由貿易協定)の締結やら、日本市場の開放やら、更なる経済的権益を掠め取ろうとしています。

その戦略上に、今回のイヴァンカ・トランプ(米国大統領補佐官)、ドナルド・トランプ(米国大統領)両親子の訪日があるということを認識すべきだと思います。

経済と軍事(安全保障)は常に一体なのです。